夢短編
かなめ
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走馬灯が見えた。
そういえば私は歩き始めるのが遅くて両親に心配されていた赤ちゃんで、幼稚園でピアノを習いだして、小学校の学習発表会では木琴を演奏した。そんな光景が脳裏を掠めていった。死んだ、と思った。それほどの威力で、バレーボールが私をめがけて飛んできた。
「危ないっ!」
目の前に人間の身体が飛び出してくる。ばしん、とけたたましい音がして、ボールを弾き返してくれたのだとわかったのは、その人間が「いけいけどんどん!」と着地しながら叫んでいたからだった。
バレーボールの授業が退屈で、友人と抜け出して第二グラウンドまで来ていた。そこで男子たちもバレーボールをやらされているのを見て、やっぱり力加減が強いよねえ、だなんて呑気に話していた時に、その事件は起こった。走馬灯というものを初めて見た。当たり前か。
「文次郎!!」
仙蔵のよく通る声と、スパーンという頭をはたく音。ボールをかかえた長次が溜息をついている。
「かなめ、大丈夫か?」
私を覗き込む小平太に、ありがとう、と返した私の声はひっくり返っていた。小平太は私の命の恩人だ。たぶんあそこのコートから私の目の前まで走り込んで飛び込むには結構な距離があるはずなのだが、気付かないふりをする。
「すまない、かなめ。文次郎の力馬鹿が」
「誰が力馬鹿だ。だが……すまなかった。怪我はないか」
仙蔵が文次郎の首根っこを掴んで私の前にひきずりだす。いいのいいの、抜け出してぶらぶらしていた私が悪いのだから、と言うと、「確かに」と納得されてしまった。しまった、誤魔化しておけばよかった。
「無事ならよかった!」
太陽のように笑う小平太に、心が浄化されていく。改めてお礼を伝え、私と友人は大人しく女子のいる第一グラウンドへと戻っていった。
昼休み、私は昼食を食べ終えると、小平太を探しに行った。命の恩人に、カントリーマアムの一枚でも分けてあげようとひらめいたのだ。小平太は教室にはおらず、中庭で長次とパンを食べているのを見つける。
「小平太」
「おお、かなめか」
笑顔で応えてくれた小平太の、挙げた右手が真っ赤になっているのが目に入った。私がガン見していることに気付いた小平太は、ああコレ、と照れ臭そうに声が小さくなる。
「さっきのバレーで、すりむいてしまったんだ。唾でもつけていれば治る」
「あ、私、絆創膏もってる」
私はカントリーマアムを入れていたランチトートからポーチを取り出して、絆創膏を探す。あいにくとソレはピンク色のうさちゃん柄で、ふざけて買ったことを後悔するはめになった。
「ご、ごめん、今これしかなくて。でも保護しといた方がいいと思うから」
小平太の右手に絆創膏を貼ると、ぽかんとした顔でそれを見ていた小平太が、「なんか、伊作みたいだ」と言った。確かに伊作はいつ見ても傷だらけだ。他人が怪我をしていると、すぐに「大事になる前に保健室へ行け」と言うのが口癖だった。
「あ、じゃあ、伊作がよくやってるやつ、やってあげようか」
「なんだ?」
私は絆創膏の上に手をかざし、くるくると回した。昔お母さんにもおなじおまじないをされたっけ。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの、とんでいけ~」
「…………」
「……えへへ。ごめん、こどもっぽかった?」
伊作はこれを恥ずかしげもなくクラスメイトにやっているので、つい真似をしてみたに過ぎないのだけれど。小平太だって伊作と仲いいのだから、知っているはずなのに。
小平太はかたまって動かない。いつもあれだけ賑やかなのに、しんと静まり返ってしまった。長次が小平太の目の前に手をひらひらとさせる。
「お、小平太、いいもん貼ってんじゃん」
通りかかった留三郎が小平太に声をかけると、は、と小平太は目を見開いた。まるで今しがた電池を入れられたおもちゃみたいだ。じっと絆創膏を見つめ、途端、ぼっと両頬が染まった。しまった、さすがに恥ずかしかったか。
「ご、ごめん、これ嫌だった? 剥がそうか」
「いや、これでいい。ううん、これがいい!」
小平太は左手で右手を隠してしまった。あわれうさちゃん、私はお礼をするために来たはずだったのに、不快な思いをさせてしまうなんて。
「かなめ、ありがとう!」
真っ赤になりながらにっこり笑った小平太を見て、嫌じゃないのならいいのだけど、と願いつつ、カントリーマアムを渡してその場を去った。もう大袋ごとあげてしまいたかったが、私の食い意地がそうはさせなかった。
「やりすぎた。さすがに反省した」
友人にそう告げて、なになにどうしたの、と問い詰められつつ、まあ普段はそんなに小平太と話すことはないし、と開き直る。命も無事なわけだし。走馬灯はもう二度と見たくないけれど。
しかし、それから。小平太はささいな怪我をするたび、私のところへ来るようになった。
「かなめ! 見てくれ! 怪我をした!」
「かなめ! 絆創膏を貼ってくれ! うさぎのやつ!」
「かなめ! おまじない!」
どうして。どうしてこうなってしまったの。私は困り果てながらうさちゃんを貼り、ちちんぷいぷいと唱えた。そんなにうさちゃんが好きなら自分で買えばいいのだし、ちちんぷいぷいなら伊作もやってくれそうなのに。
カントリーマアム、やっぱり大袋であげればよかった。私は心の中で溜息をつく。長次がなぜか大きく頷いていた。
そういえば私は歩き始めるのが遅くて両親に心配されていた赤ちゃんで、幼稚園でピアノを習いだして、小学校の学習発表会では木琴を演奏した。そんな光景が脳裏を掠めていった。死んだ、と思った。それほどの威力で、バレーボールが私をめがけて飛んできた。
「危ないっ!」
目の前に人間の身体が飛び出してくる。ばしん、とけたたましい音がして、ボールを弾き返してくれたのだとわかったのは、その人間が「いけいけどんどん!」と着地しながら叫んでいたからだった。
バレーボールの授業が退屈で、友人と抜け出して第二グラウンドまで来ていた。そこで男子たちもバレーボールをやらされているのを見て、やっぱり力加減が強いよねえ、だなんて呑気に話していた時に、その事件は起こった。走馬灯というものを初めて見た。当たり前か。
「文次郎!!」
仙蔵のよく通る声と、スパーンという頭をはたく音。ボールをかかえた長次が溜息をついている。
「かなめ、大丈夫か?」
私を覗き込む小平太に、ありがとう、と返した私の声はひっくり返っていた。小平太は私の命の恩人だ。たぶんあそこのコートから私の目の前まで走り込んで飛び込むには結構な距離があるはずなのだが、気付かないふりをする。
「すまない、かなめ。文次郎の力馬鹿が」
「誰が力馬鹿だ。だが……すまなかった。怪我はないか」
仙蔵が文次郎の首根っこを掴んで私の前にひきずりだす。いいのいいの、抜け出してぶらぶらしていた私が悪いのだから、と言うと、「確かに」と納得されてしまった。しまった、誤魔化しておけばよかった。
「無事ならよかった!」
太陽のように笑う小平太に、心が浄化されていく。改めてお礼を伝え、私と友人は大人しく女子のいる第一グラウンドへと戻っていった。
昼休み、私は昼食を食べ終えると、小平太を探しに行った。命の恩人に、カントリーマアムの一枚でも分けてあげようとひらめいたのだ。小平太は教室にはおらず、中庭で長次とパンを食べているのを見つける。
「小平太」
「おお、かなめか」
笑顔で応えてくれた小平太の、挙げた右手が真っ赤になっているのが目に入った。私がガン見していることに気付いた小平太は、ああコレ、と照れ臭そうに声が小さくなる。
「さっきのバレーで、すりむいてしまったんだ。唾でもつけていれば治る」
「あ、私、絆創膏もってる」
私はカントリーマアムを入れていたランチトートからポーチを取り出して、絆創膏を探す。あいにくとソレはピンク色のうさちゃん柄で、ふざけて買ったことを後悔するはめになった。
「ご、ごめん、今これしかなくて。でも保護しといた方がいいと思うから」
小平太の右手に絆創膏を貼ると、ぽかんとした顔でそれを見ていた小平太が、「なんか、伊作みたいだ」と言った。確かに伊作はいつ見ても傷だらけだ。他人が怪我をしていると、すぐに「大事になる前に保健室へ行け」と言うのが口癖だった。
「あ、じゃあ、伊作がよくやってるやつ、やってあげようか」
「なんだ?」
私は絆創膏の上に手をかざし、くるくると回した。昔お母さんにもおなじおまじないをされたっけ。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの、とんでいけ~」
「…………」
「……えへへ。ごめん、こどもっぽかった?」
伊作はこれを恥ずかしげもなくクラスメイトにやっているので、つい真似をしてみたに過ぎないのだけれど。小平太だって伊作と仲いいのだから、知っているはずなのに。
小平太はかたまって動かない。いつもあれだけ賑やかなのに、しんと静まり返ってしまった。長次が小平太の目の前に手をひらひらとさせる。
「お、小平太、いいもん貼ってんじゃん」
通りかかった留三郎が小平太に声をかけると、は、と小平太は目を見開いた。まるで今しがた電池を入れられたおもちゃみたいだ。じっと絆創膏を見つめ、途端、ぼっと両頬が染まった。しまった、さすがに恥ずかしかったか。
「ご、ごめん、これ嫌だった? 剥がそうか」
「いや、これでいい。ううん、これがいい!」
小平太は左手で右手を隠してしまった。あわれうさちゃん、私はお礼をするために来たはずだったのに、不快な思いをさせてしまうなんて。
「かなめ、ありがとう!」
真っ赤になりながらにっこり笑った小平太を見て、嫌じゃないのならいいのだけど、と願いつつ、カントリーマアムを渡してその場を去った。もう大袋ごとあげてしまいたかったが、私の食い意地がそうはさせなかった。
「やりすぎた。さすがに反省した」
友人にそう告げて、なになにどうしたの、と問い詰められつつ、まあ普段はそんなに小平太と話すことはないし、と開き直る。命も無事なわけだし。走馬灯はもう二度と見たくないけれど。
しかし、それから。小平太はささいな怪我をするたび、私のところへ来るようになった。
「かなめ! 見てくれ! 怪我をした!」
「かなめ! 絆創膏を貼ってくれ! うさぎのやつ!」
「かなめ! おまじない!」
どうして。どうしてこうなってしまったの。私は困り果てながらうさちゃんを貼り、ちちんぷいぷいと唱えた。そんなにうさちゃんが好きなら自分で買えばいいのだし、ちちんぷいぷいなら伊作もやってくれそうなのに。
カントリーマアム、やっぱり大袋であげればよかった。私は心の中で溜息をつく。長次がなぜか大きく頷いていた。