生きてるだけで万々歳
かなめ
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山の麓の市場は、今日も活気づいている。安いよ安いよ、寄って行って。私は今晩の食事の材料を買いに来ていた。たまには魚が食べたい。
「ありがとうね長次、荷物持ちしてくれて」
「……もそ」
私が買い物をしている間はさくらを抱っこしてくれて、さくらがぐずって私に抱っこを代えると荷物持ちをしてくれる。大変ありがたい。二三日分の野菜も持ち帰りたいので、長次が名乗り出てくれて助かった。
「かなめ。あっちの方が安い」
「え、本当?」
観察眼もさすがのものだ。足音を立てずに私の隣を歩く彼はきょろきょろと辺りを見回して、安い店を教えてくれる。
「あら、かなめちゃん」
「こんにちは」
「今日はカブが安いのよ、おまけしとくわ」
青物屋の奥さんは私の答えを聞かず、さっとカブを束ねてくれる。この市場では私は有名人なのだ。なにせ真夜中に産婆を三人も叩き起こし、山中のほったて小屋で一人で子供を育てているから。噂は噂を呼び、なんだか大事になってしまった。
「……よかったな」
長次はカブを包んだ風呂敷を持ってくれて、ぽそりとそう言った。長次の言葉、昔は聞き取れなかったなあ。ここ最近、一緒に過ごすことが増えて、昔より円滑に話せるようになった。
三日分の食料を持って、私たちは山に戻った。さくらはきゃあきゃあとご機嫌だ。この子は人見知りをせず、市場のみんなに頭を撫でられても嫌な顔ひとつしなかった。
「……さくらは、愛されて育つ」
「うん?」
「市場の人たちも、私たちも。みんな、さくらを愛している」
私たち、というのは、長次の代の同期たちのことだ。忙しいだろうに、みんな交互に顔を見に来てくれる。おかげさまで山賊に襲われることもなく、平穏に暮らしていけている。
「もちろん、かなめのことも」
「……ええと。ありがとうね」
いきなり愛の話をされると、恥ずかしくて戸惑ってしまう。でも、確かに彼らからの愛情は感じている。でなきゃこんなに面倒を見てくれるわけがない。
長次は博識なので、私の知らないことをたくさん教えてくれる。山菜のことも、子育てのことも、お金のことまで相談に乗ってもらった。
「あれ? 長次?」
「……もそ」
長次はふいっと道を外れ、ごそごそとしゃがんだかと思うと、またこちらに戻ってきた。手には二輪、花が握られている。さくらに一輪渡すと、きゃあと喜ばれた。お花で喜ぶなんて、かわいいなあ。
「……かなめ」
え、と長次の方を向くと、耳の上の髪を撫でられた。大きくて無骨な手に戸惑いを隠せずにいると、「似合う」とぽそっと言われ、花を差されたのだと知る。
「……は、恥ずかしい」
「今だけ」
長次は無表情だが、少しだけ、笑っている気がした。慈しみの表情というのは、なんとなくわかるものだ。
この花の名は何と言うのだっけ。忍術学園の授業でさんざん花について学んだはずなのに、ちっとも記憶が出てこない。育児で脳みそがぱんぱんなのかもしれない。それに私は、座学より実技の方が得意だったから、ただ単に忘れているだけなのかもしれない。
二人で山道を静かに歩く。二人で歩いていると、色々なことを思い出す。私が妊娠中に泣いて泣いて泣き疲れて倒れてしまったとき、医務室まで長次が運んでくれたのだ。私が過呼吸を起こした時、背中をさすってくれたこともあった。
無事にさくらが生まれて、今こうして育めているのは、まぎれもなくみんなのおかげだ。この恩をどうやって返していこうか。花の香りがふわりとただよってきて、幸福な気持ちになる。
長次の背でさくらが眠ってしまった。さくらを抱えているのに風呂敷まで持ってもらって、でも私も両手に風呂敷を持っているものだから交代だなんて言えなくて、そっとさくらの寝顔を見ることしか出来ない。手に花を持ったまま、完全に安心した顔をしていた。
花の名前を持つこの子は、みんなに愛されて、きっと美しく咲くのだろう。私たちの血に塗れた生活のことなんか知らず、すくすくと無垢に育ってほしい。みんなの優しい心の部分――殺し殺される日常のなかで、荒んでいくだろうに、それでもいつも忘れないでいる心の部分に、生かされていく。
無事に小屋までたどり着き、荷物を片付けながら夕飯の支度をはじめる。長次が帰ろうとするのを慌てて引き留めて、一緒に夕飯を食べることにした。この家には器がたくさんあるのだ。六人みんなで押し寄せた時も困らなかったほどに。
「一緒にごはんを食べられるのって、しあわせの象徴だよね」
「……もそ」
野菜を切る音を聞きながら、長次は夕焼けが沈んでいくのを見ていた。片手で寝ているさくらの頭を撫でながら。寡黙な彼がいま何を考えているのかわからないけれど、さくらの温もりが彼を癒していればいいな、と思った。
「……綺麗だな」
「え? ああ、夕陽が?」
振り向くと、長次がこちらを見ていた。青い空が濃紺に変わっていき、橙色の地平線が輝いている。これから星が輝きだすだろう。長次はきっと星にも詳しい。後で教えてもらおうかな。
長次はさくらの横に寝ころんだ。さくらの寝息を聞いているようだ。長次の分の椀を用意しながら、私はくすりと笑う。愛に形があったらこんな風景のことをいうのかもしれない。
湯気が部屋を満たしていく。長次は黙ってこちらを見ていた。私は結局、寝るまで髪に花を差していた。なんだか彼が、それを喜んでいてくれているようだったから。
「ありがとうね長次、荷物持ちしてくれて」
「……もそ」
私が買い物をしている間はさくらを抱っこしてくれて、さくらがぐずって私に抱っこを代えると荷物持ちをしてくれる。大変ありがたい。二三日分の野菜も持ち帰りたいので、長次が名乗り出てくれて助かった。
「かなめ。あっちの方が安い」
「え、本当?」
観察眼もさすがのものだ。足音を立てずに私の隣を歩く彼はきょろきょろと辺りを見回して、安い店を教えてくれる。
「あら、かなめちゃん」
「こんにちは」
「今日はカブが安いのよ、おまけしとくわ」
青物屋の奥さんは私の答えを聞かず、さっとカブを束ねてくれる。この市場では私は有名人なのだ。なにせ真夜中に産婆を三人も叩き起こし、山中のほったて小屋で一人で子供を育てているから。噂は噂を呼び、なんだか大事になってしまった。
「……よかったな」
長次はカブを包んだ風呂敷を持ってくれて、ぽそりとそう言った。長次の言葉、昔は聞き取れなかったなあ。ここ最近、一緒に過ごすことが増えて、昔より円滑に話せるようになった。
三日分の食料を持って、私たちは山に戻った。さくらはきゃあきゃあとご機嫌だ。この子は人見知りをせず、市場のみんなに頭を撫でられても嫌な顔ひとつしなかった。
「……さくらは、愛されて育つ」
「うん?」
「市場の人たちも、私たちも。みんな、さくらを愛している」
私たち、というのは、長次の代の同期たちのことだ。忙しいだろうに、みんな交互に顔を見に来てくれる。おかげさまで山賊に襲われることもなく、平穏に暮らしていけている。
「もちろん、かなめのことも」
「……ええと。ありがとうね」
いきなり愛の話をされると、恥ずかしくて戸惑ってしまう。でも、確かに彼らからの愛情は感じている。でなきゃこんなに面倒を見てくれるわけがない。
長次は博識なので、私の知らないことをたくさん教えてくれる。山菜のことも、子育てのことも、お金のことまで相談に乗ってもらった。
「あれ? 長次?」
「……もそ」
長次はふいっと道を外れ、ごそごそとしゃがんだかと思うと、またこちらに戻ってきた。手には二輪、花が握られている。さくらに一輪渡すと、きゃあと喜ばれた。お花で喜ぶなんて、かわいいなあ。
「……かなめ」
え、と長次の方を向くと、耳の上の髪を撫でられた。大きくて無骨な手に戸惑いを隠せずにいると、「似合う」とぽそっと言われ、花を差されたのだと知る。
「……は、恥ずかしい」
「今だけ」
長次は無表情だが、少しだけ、笑っている気がした。慈しみの表情というのは、なんとなくわかるものだ。
この花の名は何と言うのだっけ。忍術学園の授業でさんざん花について学んだはずなのに、ちっとも記憶が出てこない。育児で脳みそがぱんぱんなのかもしれない。それに私は、座学より実技の方が得意だったから、ただ単に忘れているだけなのかもしれない。
二人で山道を静かに歩く。二人で歩いていると、色々なことを思い出す。私が妊娠中に泣いて泣いて泣き疲れて倒れてしまったとき、医務室まで長次が運んでくれたのだ。私が過呼吸を起こした時、背中をさすってくれたこともあった。
無事にさくらが生まれて、今こうして育めているのは、まぎれもなくみんなのおかげだ。この恩をどうやって返していこうか。花の香りがふわりとただよってきて、幸福な気持ちになる。
長次の背でさくらが眠ってしまった。さくらを抱えているのに風呂敷まで持ってもらって、でも私も両手に風呂敷を持っているものだから交代だなんて言えなくて、そっとさくらの寝顔を見ることしか出来ない。手に花を持ったまま、完全に安心した顔をしていた。
花の名前を持つこの子は、みんなに愛されて、きっと美しく咲くのだろう。私たちの血に塗れた生活のことなんか知らず、すくすくと無垢に育ってほしい。みんなの優しい心の部分――殺し殺される日常のなかで、荒んでいくだろうに、それでもいつも忘れないでいる心の部分に、生かされていく。
無事に小屋までたどり着き、荷物を片付けながら夕飯の支度をはじめる。長次が帰ろうとするのを慌てて引き留めて、一緒に夕飯を食べることにした。この家には器がたくさんあるのだ。六人みんなで押し寄せた時も困らなかったほどに。
「一緒にごはんを食べられるのって、しあわせの象徴だよね」
「……もそ」
野菜を切る音を聞きながら、長次は夕焼けが沈んでいくのを見ていた。片手で寝ているさくらの頭を撫でながら。寡黙な彼がいま何を考えているのかわからないけれど、さくらの温もりが彼を癒していればいいな、と思った。
「……綺麗だな」
「え? ああ、夕陽が?」
振り向くと、長次がこちらを見ていた。青い空が濃紺に変わっていき、橙色の地平線が輝いている。これから星が輝きだすだろう。長次はきっと星にも詳しい。後で教えてもらおうかな。
長次はさくらの横に寝ころんだ。さくらの寝息を聞いているようだ。長次の分の椀を用意しながら、私はくすりと笑う。愛に形があったらこんな風景のことをいうのかもしれない。
湯気が部屋を満たしていく。長次は黙ってこちらを見ていた。私は結局、寝るまで髪に花を差していた。なんだか彼が、それを喜んでいてくれているようだったから。