生きてるだけで万々歳
かなめ
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血の雨を浴びていた。
私の上に跨る男を、苦無で刺し殺していた。私に男の血が滝のように流れ落ちる。なまあたたかくて、錆臭い。
なんとか男の下から這い出た私は、ほとんど裸だった。周りを見渡すと人気はおらず、なんだ、同期たちはうまくやってるのね、とどこか他人事のように思った。
卒業試験として潜入した忍務は、男子たち――忍たまの同期も一緒だった。私たちくのたまと忍務内容は違ったけれど、同じ合戦場に潜入し攪乱する仲間である以上、彼らの無事も祈らずにはいられない。
だから、調子にのってしまったのだ。彼らの背後を弓矢で狙っている多数の存在に気付いた時、「危ない!」と叫んで、とにかく目の前の伊作だけかばった。彼ら全員はすぐさま反応して応戦し、伊作も「助かったよ、ありがとう」と言って仲間の応援に向かった。私は自分が誇らしくなってしまったのだ。彼らを守れたのが、なんだか大層な働きをしたように感じてしまって。
油断した。その場を離れるのが遅すぎた。次に狙われたのは私だった。
「小癪な」
背後から忍び寄られたかと思うと、締め技をかけられた。息が出来ない。視界がかすむ。くのたまの仲間たちは先に進んでしまって、周りに誰もいない。
――殺される。そう思った次の瞬間、衣服を破かれた。
「調子に乗りやがって」
低い低い男の声が、私の上にあった。股間に激痛が走った時、私は自分が何をされているのかを知る。
「やめろ! やめ、ろ……ッ!」
「忍術学園のガキが、俺たちの邪魔するなんて百年早いんだよ」
激しく腰を打ち付けられて、そのたびに悲鳴が喉を焼いた。痛い。怖い。憎い。――逃げなければ。
気が付いた時には、血の雨が降っていた。懐に隠していた苦無で必死に、男の喉元を掻き切った。そうして、私は生き延びた。
呆然と立っていると、寒気がした。私を纏う血が冷たくなって、乾いていった。
「―― かなめ!」
ああ、誰かの声が聞こえる。もしかして走馬灯かも。私は動けない。とにかく寒かった。股間だけが熱くて痛い。
「かなめ、かなめ!」
「オイ、大丈夫か!」
なんだ、同期の男子たちか。声の数からして、たぶん全員生き延びたのだろう。私はかすむ視界でそちらを見ると、みんなの顔が青白かった。
「……これを」
仙蔵が上着を脱いで、私の身体を覆う。そのあと問答無用で抱きかかえられて、林の奥へと連れて行かれた。
「何があった……いや、聞かないでおこう」
文次郎が私の顔を覗き込んだ。伊作が布で拭いてくれた顔は、それでも錆臭い。留三郎が文次郎の脇をどつく。
「見ればわかるだろう……」
「……すまなかった」
めずらしいな、二人が喧嘩をしないなんて。雨が降るんじゃないかしら。私は寒くて寒くてたまらなくて、仙蔵の服を抱きしめた。ああ、汚れてしまう。彼の服を汚してしまう。せっかく彼らは無事に帰還したのに、私なんかに構ってる場合じゃないのに。
「くのたまは全員無事らしい。先に帰ったと聞いた」
小平太がそう言って水をくれた。震える手で受け取りながら、じゃああなたたちも帰りなさい、と思った。
私一人が落第だ。切なかった。涙は血と一緒に拭かれてしまったから出ない。
「……帰ろう」
長次の言葉に、全員がうなずく。私は自分の足で歩いた。誰の負担にもなりたくなかった。
「……みんな、先に行ってよ。私の歩く遅さに合わせなくていいから」
「何言ってるの」
伊作がことさら明るい声を出した。ボロボロの私の身体を診た上でそんな声を出せるのだから、彼は本当に医者に向いていると思う。彼はほとんど冷え切った私の手を取って微笑む。
「かなめは、僕たち全員の命の恩人なんだよ」
「これくらい、させてくれ」
仙蔵もそう言って反対の手を取ってくれた。私は返事をしようと口を開けたのに、出てきたのはカスカスの涙声だった。おかしいな、こんなはずじゃなかったのにな。――優しさに触れて、今になって、恐怖を思い出してしまった。
「……こんなの、ずっとなの……?」
房中術は習っていたはずなのに。こんなの、くのいちとして生きていく上で、想定内のはずなのに。あの、全身を蝕んでいく恐ろしい殺気、悪意、目つき、痛み。そして降る、血の雨を。これから先、日常として、生きていくの?
文次郎がバンバンと私の背中を叩いた。励ましてるつもりなら、痛いよ。そう言いたいのに、出てくるのは涙ばかり。みんなは黙ってそれを聞いていた。
帰り道は、長かった。みんながかわるがわるいろんな話をしてくれて、なんとか気を紛らわそうとしてくれたけれど、私はずっと泣いていた。
手は徐々に、あたたかくなっていった。
私の上に跨る男を、苦無で刺し殺していた。私に男の血が滝のように流れ落ちる。なまあたたかくて、錆臭い。
なんとか男の下から這い出た私は、ほとんど裸だった。周りを見渡すと人気はおらず、なんだ、同期たちはうまくやってるのね、とどこか他人事のように思った。
卒業試験として潜入した忍務は、男子たち――忍たまの同期も一緒だった。私たちくのたまと忍務内容は違ったけれど、同じ合戦場に潜入し攪乱する仲間である以上、彼らの無事も祈らずにはいられない。
だから、調子にのってしまったのだ。彼らの背後を弓矢で狙っている多数の存在に気付いた時、「危ない!」と叫んで、とにかく目の前の伊作だけかばった。彼ら全員はすぐさま反応して応戦し、伊作も「助かったよ、ありがとう」と言って仲間の応援に向かった。私は自分が誇らしくなってしまったのだ。彼らを守れたのが、なんだか大層な働きをしたように感じてしまって。
油断した。その場を離れるのが遅すぎた。次に狙われたのは私だった。
「小癪な」
背後から忍び寄られたかと思うと、締め技をかけられた。息が出来ない。視界がかすむ。くのたまの仲間たちは先に進んでしまって、周りに誰もいない。
――殺される。そう思った次の瞬間、衣服を破かれた。
「調子に乗りやがって」
低い低い男の声が、私の上にあった。股間に激痛が走った時、私は自分が何をされているのかを知る。
「やめろ! やめ、ろ……ッ!」
「忍術学園のガキが、俺たちの邪魔するなんて百年早いんだよ」
激しく腰を打ち付けられて、そのたびに悲鳴が喉を焼いた。痛い。怖い。憎い。――逃げなければ。
気が付いた時には、血の雨が降っていた。懐に隠していた苦無で必死に、男の喉元を掻き切った。そうして、私は生き延びた。
呆然と立っていると、寒気がした。私を纏う血が冷たくなって、乾いていった。
「―― かなめ!」
ああ、誰かの声が聞こえる。もしかして走馬灯かも。私は動けない。とにかく寒かった。股間だけが熱くて痛い。
「かなめ、かなめ!」
「オイ、大丈夫か!」
なんだ、同期の男子たちか。声の数からして、たぶん全員生き延びたのだろう。私はかすむ視界でそちらを見ると、みんなの顔が青白かった。
「……これを」
仙蔵が上着を脱いで、私の身体を覆う。そのあと問答無用で抱きかかえられて、林の奥へと連れて行かれた。
「何があった……いや、聞かないでおこう」
文次郎が私の顔を覗き込んだ。伊作が布で拭いてくれた顔は、それでも錆臭い。留三郎が文次郎の脇をどつく。
「見ればわかるだろう……」
「……すまなかった」
めずらしいな、二人が喧嘩をしないなんて。雨が降るんじゃないかしら。私は寒くて寒くてたまらなくて、仙蔵の服を抱きしめた。ああ、汚れてしまう。彼の服を汚してしまう。せっかく彼らは無事に帰還したのに、私なんかに構ってる場合じゃないのに。
「くのたまは全員無事らしい。先に帰ったと聞いた」
小平太がそう言って水をくれた。震える手で受け取りながら、じゃああなたたちも帰りなさい、と思った。
私一人が落第だ。切なかった。涙は血と一緒に拭かれてしまったから出ない。
「……帰ろう」
長次の言葉に、全員がうなずく。私は自分の足で歩いた。誰の負担にもなりたくなかった。
「……みんな、先に行ってよ。私の歩く遅さに合わせなくていいから」
「何言ってるの」
伊作がことさら明るい声を出した。ボロボロの私の身体を診た上でそんな声を出せるのだから、彼は本当に医者に向いていると思う。彼はほとんど冷え切った私の手を取って微笑む。
「かなめは、僕たち全員の命の恩人なんだよ」
「これくらい、させてくれ」
仙蔵もそう言って反対の手を取ってくれた。私は返事をしようと口を開けたのに、出てきたのはカスカスの涙声だった。おかしいな、こんなはずじゃなかったのにな。――優しさに触れて、今になって、恐怖を思い出してしまった。
「……こんなの、ずっとなの……?」
房中術は習っていたはずなのに。こんなの、くのいちとして生きていく上で、想定内のはずなのに。あの、全身を蝕んでいく恐ろしい殺気、悪意、目つき、痛み。そして降る、血の雨を。これから先、日常として、生きていくの?
文次郎がバンバンと私の背中を叩いた。励ましてるつもりなら、痛いよ。そう言いたいのに、出てくるのは涙ばかり。みんなは黙ってそれを聞いていた。
帰り道は、長かった。みんながかわるがわるいろんな話をしてくれて、なんとか気を紛らわそうとしてくれたけれど、私はずっと泣いていた。
手は徐々に、あたたかくなっていった。
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