留伊
花見に行こう、と言った日に限って雨だ。こうなったら雨に濡れる桜を見に行こうと腹を括り、カッパと傘を用意し、片手で立ち食い出来るおにぎりを大量に作った。梅干し、鮭、昆布、おかか、たらこ。海苔を巻いて、アルミホイルで包んで。
花冷えとは言うものの、四月になってもセーターを着ることになるとは。伊作は白のタートルネック、俺は黒のタートルネック。雨の中でなんて誰にも見られないからこそのおそろいコーディネートだ。レインブーツを履いて、近所の桜の名所へ行った。
雨で冷える街並みの中、桜はしっとりとそこに立っていた。晴れていれば一斉に舞い散る花びらを浴びれたかもしれないが、今は花弁から落ちる水滴を傘に躍らせる。この雫を掬って舐めたら甘いのだろか。四月の雨は透明度が高いように思う。
「あの頃もこんなに寒かったっけ?」
伊作の傘はビニールだ。しょっちゅう無くしたり壊したりするという理由で。声の方を見れば難なく伊作の顔を見ることが出来る。対して俺の傘は黒く、声を届かせるためには伊作と反対方向に傘を傾けなければならない。ここでカッパが活躍する。俺たちは手首を濡らしながら、ショルダーバッグからアルミホイルの玉を取り出す。
「どっちがどっちだ!」
せーので取り出したおにぎりは、俺がたらこ、伊作が昆布だった。乾杯の仕草をして口に放り込む。程よい塩気に腹が鳴る。
「僕の実家ではちみつ梅干しを買っていたんだけど。たまに塩っ辛いのが食べたくなって、家にご飯があっても、わざわざお店でおにぎり買っちゃったりしてたな」
「それでうちの梅干しは紫蘇梅干しなのか」
「そう。おにぎりにぴったり。とくにこんな日の」
雨がざだざだと傘を叩く。うすら寒く、息もほのかに白い。桜に滲んだ雨粒に、近くを通る電車の音が響いて落ちていく。これを伊作と二人で見たかった。なんてことない日常の、切り取った季節の一小節を。スマホを濡らしながら桜を撮影したのち、滲む傘の下でおにぎりを頬張る伊作を撮った。
「わ、なんで僕を撮るの」
「記念」
「じゃあ一緒に撮ろうよ」
伊作は俺の傘にするりと入り込み、インカメラで俺たち二人を画面内に納めた。
「なあ、俺の傘の中だと背景が黒くなってせっかくの桜が写り込まないだろう。お前の傘にしよう」
「そうか、ビニール傘にはそんな利点があったんだね」
俺たちは傘を差し直し、改めてツーショットを撮る。伊作は白のタートルネック、俺は黒のタートルネック。
「ねえ。あの頃もこんなに寒かったっけ?」
「……どうだったかな」
二つ目のおにぎりを、せーので取り出す。俺も伊作も梅だった。紫蘇の梅干し、瑞々しい酸っぱさ。
かじかんできた手をポケットに突っ込む。伊作の写真が増えたスマホがこつんと当たった。近頃とんと見ない写真立てでも、この後探しに行くか。二人で暮らし始めてそろそろ二ヶ月。我が家を少しづつ彩っていこうと思う。アルミホイルの玉みたいに、きらきらと輝く日々の欠片を。水色と灰色の混ざった踏切の音が、桜に降り注いでいた。
花冷えとは言うものの、四月になってもセーターを着ることになるとは。伊作は白のタートルネック、俺は黒のタートルネック。雨の中でなんて誰にも見られないからこそのおそろいコーディネートだ。レインブーツを履いて、近所の桜の名所へ行った。
雨で冷える街並みの中、桜はしっとりとそこに立っていた。晴れていれば一斉に舞い散る花びらを浴びれたかもしれないが、今は花弁から落ちる水滴を傘に躍らせる。この雫を掬って舐めたら甘いのだろか。四月の雨は透明度が高いように思う。
「あの頃もこんなに寒かったっけ?」
伊作の傘はビニールだ。しょっちゅう無くしたり壊したりするという理由で。声の方を見れば難なく伊作の顔を見ることが出来る。対して俺の傘は黒く、声を届かせるためには伊作と反対方向に傘を傾けなければならない。ここでカッパが活躍する。俺たちは手首を濡らしながら、ショルダーバッグからアルミホイルの玉を取り出す。
「どっちがどっちだ!」
せーので取り出したおにぎりは、俺がたらこ、伊作が昆布だった。乾杯の仕草をして口に放り込む。程よい塩気に腹が鳴る。
「僕の実家ではちみつ梅干しを買っていたんだけど。たまに塩っ辛いのが食べたくなって、家にご飯があっても、わざわざお店でおにぎり買っちゃったりしてたな」
「それでうちの梅干しは紫蘇梅干しなのか」
「そう。おにぎりにぴったり。とくにこんな日の」
雨がざだざだと傘を叩く。うすら寒く、息もほのかに白い。桜に滲んだ雨粒に、近くを通る電車の音が響いて落ちていく。これを伊作と二人で見たかった。なんてことない日常の、切り取った季節の一小節を。スマホを濡らしながら桜を撮影したのち、滲む傘の下でおにぎりを頬張る伊作を撮った。
「わ、なんで僕を撮るの」
「記念」
「じゃあ一緒に撮ろうよ」
伊作は俺の傘にするりと入り込み、インカメラで俺たち二人を画面内に納めた。
「なあ、俺の傘の中だと背景が黒くなってせっかくの桜が写り込まないだろう。お前の傘にしよう」
「そうか、ビニール傘にはそんな利点があったんだね」
俺たちは傘を差し直し、改めてツーショットを撮る。伊作は白のタートルネック、俺は黒のタートルネック。
「ねえ。あの頃もこんなに寒かったっけ?」
「……どうだったかな」
二つ目のおにぎりを、せーので取り出す。俺も伊作も梅だった。紫蘇の梅干し、瑞々しい酸っぱさ。
かじかんできた手をポケットに突っ込む。伊作の写真が増えたスマホがこつんと当たった。近頃とんと見ない写真立てでも、この後探しに行くか。二人で暮らし始めてそろそろ二ヶ月。我が家を少しづつ彩っていこうと思う。アルミホイルの玉みたいに、きらきらと輝く日々の欠片を。水色と灰色の混ざった踏切の音が、桜に降り注いでいた。