留伊
うつくしいものが見たい、と譫言のように言いながら文机に突っ伏す伊作を揺り起こし、裏々山まで連れ出した。
「美しいものって?」
「塩の結晶」
「塩の結晶?」
伊作はぽつりと呟いた。俺はその意外な言葉を復唱し、そんなのいつ見る機会があったのだろう、と思い悩む。漬けすぎた梅干しだろうか。
獣道はでこぼことしていて。白小袖に草鞋だけの足にはいささか急勾配すぎた。今だけは誰も見ていない。伊作の肩に触れてみる。
「塩の山に小枝を放るとね、塩の結晶で覆われるんだ。元の枯れた醜い小枝は見えなくなって、きらきらと輝いて。まるで恋愛みたいじゃない? 全てが美点に見えてしまう」
「……それをお前は、美しいと思うんだな」
山の頂上を目指しながら、俺たちは小さな声で会話をした。今日は不運に合わなかったよ。それはよかった、明日も幸運でありますように。
「留三郎は、綺麗だね」
伊作はそう言って笑うと、見て、流れ星、と空を指さした。俺は指の先を見ずに、伊作の横顔を見る。
「伊作の方が綺麗だ」
「……そういうところだよ。まったく」
ため息を吐いた伊作に、どういうことだ、と返しながら、二人で山道を進んだ。赤い実がちらほらと実っている。伊作はそのうちの一番大きな実を一つ取って俺に渡した。
「夜のうちの、二人だけの秘密って、なんか背徳感だよね」
俺はその実を口に含み、甘酸っぱさに溺れた。伊作は俺が顔をしかめるのを見てからからと笑い、僕も食べよう、と新に一つ実をむしる。
山の頂上に到着した。二人で草むらに寝転がる。大小強弱様々な星の輝に手を伸ばしながら、俺たちは塩の結晶を思った。
「もし星に向かえる船があったとしたら、乗ってみたいかい?」
「そうだな。あれだけ光っているんだ、眩しくて敵わないんじゃないか」
「でも、僕たちも輝けるかもしれないよ」
「塩辛いかもしれないぞ」
遠い星になど行ってしまわなくとも、お前はそこに居るだけで眩しいよ。俺は言えない言葉を飲み込んで、星の輝きに目を細める。あの星ひとつひとつに、きっと物語はあるのだろう。伊作が俺の手を遊びながら、星の物語を紡ぎ出す。
「むかしむかし、ひとつの星が誕生しました。その星はたった一人きりで、細々と光っていました。ある日、たいへん光っている大きな星がやってきて、その星を抱きしめてしまいました。小さな星は一人じゃなくなり、大きな星は更なる光を手に入れました。宇宙はこうして、広がっていきました。おしまい」
俺は伊作の手を握った。二人で一つの星になれたならと思った。寝ころぶ伊作に覆いかぶさり、唇を合わせる。
伊作は握っているのと反対の手で俺の髪を撫でた。後頭部がくすぐったかった。唇を離した俺は、伊作の唇を親指でなぞる。
「しょっぱかった?」
「すっぱかった」
「僕も! ふふふ」
塩の山に放り込まれた枝は、塩に塗れることは苦しかったろうか。 己の身がみるみる固まっていくのを、覆われていくのを、どんな気分で味わったろうか。
伊作は美しい。伊作は綺麗だ。伊作は眩しい。伊作は輝いている。これをどうやって言葉にしていいのかわからないまま、俺は星の瞬くのを見上げる。
「留三郎は、美しいよ」
「……誉め言葉なんだな」
「うん。大好き」
今度は伊作が覆いかぶさった。視界が空から伊作の顔へと変わる。
「留三郎は、僕のこと好き?」
「……愛している」
流れ星が一筋、伊作の後ろに流れた。俺たちが一つに溶け合いながら結晶になっていくのを、星々は見ていた。きらめいてきらめて、仕方のない夜だった。
「美しいものって?」
「塩の結晶」
「塩の結晶?」
伊作はぽつりと呟いた。俺はその意外な言葉を復唱し、そんなのいつ見る機会があったのだろう、と思い悩む。漬けすぎた梅干しだろうか。
獣道はでこぼことしていて。白小袖に草鞋だけの足にはいささか急勾配すぎた。今だけは誰も見ていない。伊作の肩に触れてみる。
「塩の山に小枝を放るとね、塩の結晶で覆われるんだ。元の枯れた醜い小枝は見えなくなって、きらきらと輝いて。まるで恋愛みたいじゃない? 全てが美点に見えてしまう」
「……それをお前は、美しいと思うんだな」
山の頂上を目指しながら、俺たちは小さな声で会話をした。今日は不運に合わなかったよ。それはよかった、明日も幸運でありますように。
「留三郎は、綺麗だね」
伊作はそう言って笑うと、見て、流れ星、と空を指さした。俺は指の先を見ずに、伊作の横顔を見る。
「伊作の方が綺麗だ」
「……そういうところだよ。まったく」
ため息を吐いた伊作に、どういうことだ、と返しながら、二人で山道を進んだ。赤い実がちらほらと実っている。伊作はそのうちの一番大きな実を一つ取って俺に渡した。
「夜のうちの、二人だけの秘密って、なんか背徳感だよね」
俺はその実を口に含み、甘酸っぱさに溺れた。伊作は俺が顔をしかめるのを見てからからと笑い、僕も食べよう、と新に一つ実をむしる。
山の頂上に到着した。二人で草むらに寝転がる。大小強弱様々な星の輝に手を伸ばしながら、俺たちは塩の結晶を思った。
「もし星に向かえる船があったとしたら、乗ってみたいかい?」
「そうだな。あれだけ光っているんだ、眩しくて敵わないんじゃないか」
「でも、僕たちも輝けるかもしれないよ」
「塩辛いかもしれないぞ」
遠い星になど行ってしまわなくとも、お前はそこに居るだけで眩しいよ。俺は言えない言葉を飲み込んで、星の輝きに目を細める。あの星ひとつひとつに、きっと物語はあるのだろう。伊作が俺の手を遊びながら、星の物語を紡ぎ出す。
「むかしむかし、ひとつの星が誕生しました。その星はたった一人きりで、細々と光っていました。ある日、たいへん光っている大きな星がやってきて、その星を抱きしめてしまいました。小さな星は一人じゃなくなり、大きな星は更なる光を手に入れました。宇宙はこうして、広がっていきました。おしまい」
俺は伊作の手を握った。二人で一つの星になれたならと思った。寝ころぶ伊作に覆いかぶさり、唇を合わせる。
伊作は握っているのと反対の手で俺の髪を撫でた。後頭部がくすぐったかった。唇を離した俺は、伊作の唇を親指でなぞる。
「しょっぱかった?」
「すっぱかった」
「僕も! ふふふ」
塩の山に放り込まれた枝は、塩に塗れることは苦しかったろうか。 己の身がみるみる固まっていくのを、覆われていくのを、どんな気分で味わったろうか。
伊作は美しい。伊作は綺麗だ。伊作は眩しい。伊作は輝いている。これをどうやって言葉にしていいのかわからないまま、俺は星の瞬くのを見上げる。
「留三郎は、美しいよ」
「……誉め言葉なんだな」
「うん。大好き」
今度は伊作が覆いかぶさった。視界が空から伊作の顔へと変わる。
「留三郎は、僕のこと好き?」
「……愛している」
流れ星が一筋、伊作の後ろに流れた。俺たちが一つに溶け合いながら結晶になっていくのを、星々は見ていた。きらめいてきらめて、仕方のない夜だった。