文仙

 全く、男子校に寄るのは骨が折れる。行き交うにやにやとした視線にはいつまでたっても慣れない。校門で文次郎を待っていると、何人かに声をかけられた。どれも似たり寄ったりの顔だと思った。適当にあしらっていると、ひとつの怒鳴り声が聞こえる。
「どけ、俺のだ」
 声の主がひと睨みすると、たちまち男子たちは散ってしまう。私はためいきをひとつついて、現れた文次郎の鼻をつまんだ。
「俺・の・だ、とはなんだ? 私は物ではないが?」
「はにをふふ」
「お前に守られなくても、私は自分の身は自分で守れる」
 鼻を解放してやると、ぷは、と文次郎は息継ぎをした。ここで「お前が声をかけられているのが悪い」とでも言われたら絶交ものなのだが、文次郎は「悪かった、待たせたな」と言って手を繋いでくれる。こういうところだ。こういうところに、私は弱い。
 今日は手袋が欲しかったので、ショッピングモールを連れまわす予定だった。買ってもらうつもりは毛頭ない。自分の物は自分で買う。ただ、普段一人で買い物をしない文次郎がしげしげと店頭を見て回っている姿が、なんだか休日の父親のようでおかしくて、つい眺めていたくなってしまう。今日もそれを目当てに予定を立てていた。
 ショッピングモールまでの道中、道端に花屋があった。いつも季節の花を展示しているそこは色とりどりで、思わず目で追ってしまった。クリスマスにはポインセチアが並んでいた、今の時期はバレンタインフェアか、ピンク色の花々が美しい。
「見てみるか?」
「いや、買わないから……」
 私が断ろうとしてもお構いなしに、文次郎はずんずんと私の手を引いて花屋に歩いて行ってしまった。手を引かれたまま慌ててついていくと、華やかな香りが鼻腔をくすぐる。
 店内は落ち着いていて、まるで自分だけの花畑が用意されたような感覚に陥ってしまい、私はうっとりと花々を見上げた。天上や壁にはドライフラワーも吊るされていて、自分の殺風景な部屋を思い出した。こういうのを飾ってみるのも、女子らしくていいのかもしれない。
「……欲しいか?」
「へ? い、いや、別に」
 花のひとつひとつを、それこそショッピングモールの店頭を見るようにゆっくり見ていた文次郎が、おもむろに私にたずねた。私ははなから買うつもりはなかったから、これ以上ここにいるのも迷惑だと思い、文次郎の裾を引っ張って出口に導こうとする。
「ちょっと待っててくれ」
 文次郎は私の肩をポンと叩くと、何かを掴みレジに向かった。いや、私は欲しいものなど、と言おうとして、こういうところが可愛げがないのだろうな、と口を慎んだ。たくましいよね、つよいよね、と同級生に言われる度、そうでしょう、そうだろう、と得意になりつつ、心のどこかがすさんでいった。凛と咲く人にあこがれて、いつだって完璧でいたいけれど、男勝りとまで言われてしまうと、なんとなく気分が悪かった。我ながら我儘だ。美しく背筋を伸ばしていたいだけなのに。
 店頭で大人しく待っていると、目の前に小さなブーケが現れた。ホラ、というぶっきらぼうな声を見上げると、文次郎が顔を赤らめている。
「……似合うと、思ったんだ」
「……私に?」
 大きな花が一輪と、小さな花が三輪。花の名前はわからないが、きっとこれで千円のセットだったりするんじゃないだろうか。薄紫色のかわいらしい花が手にしっくり馴染んで、私の胸は高鳴った。
「……私には、かわいらしすぎる」
「そんなことはない」
 きらきらと胸の中でかがやく花束が美しくて、私は目を細めてしまう。文次郎が私のために選んでくれたプレゼント。花なんて、一過性の栄華、すぐに枯れてしまう消え物だと思っていたのに。
 こんなにも、嬉しいなんて。
「……ありがとう。大切にする」
 文次郎の横で花束を抱えて歩いていると、ヒュウヒュウと通りすがりの男子学生に囃し立てられた。文次郎が「何を見ている!」と吠えるが、今日ばかりは私は睨まないでいてやろうと思う。
 もちろん、気分がいいからだ。私は寛大だからな。
 なんだか、ブーケを抱えて、バージンロードを歩いているかのような気分になってしまい、恥ずかしかったのは内緒だ。
 文次郎には、きっとばれているけれど。
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