文仙
空が夜から朝に変わる瞬間、世界は薄い水縹色に包まれる。
木も、池も、草も、建物も、屋根も、あまねく万物を染め上げて、太陽は目覚める。
俺はその瞬間が何よりも好きだった。水縹色に黄色が差し込まれる瞬間、朝の訪れ。
今日は夜中に鍛錬を終え、俺にしては早めの就寝だった。布団で寝るのも久しかった。早朝のその時間、池で寝ている時のクセで自然と目が覚める。障子戸から薄い影が伸びているのを開け、こっそり外の様子を覗き見た。
「んん……眩しい、文次……」
仙蔵が寝ながら眉間に皺を寄せる。障子戸から薄い光が伸び、ちょうど仙蔵の顔を照らしていた。長く美しい髪が淡く光る。
「起きてみろ、仙蔵。世界が最も美しい瞬間だ」
「いやだ、私にとっては布団の中こそが世界で最も気持ちがいい瞬間だ……」
仙蔵はなにやらむにゃむにゃ言いながら布団をかぶってしまった。夏ならばこれを「そうだな、美しい」と言って起きるものを、近頃の花冷えの気温では寒いのか、なかなか布団から出てこようとしない。水縹色が薄まって、柔らかな黄色が空を駆けていく。
草が濡れて輝いている。仙蔵の髪の方が美しいと思った。光に透けて薄灰色になびく長髪が絹糸のようで、妖艶で。
「仙蔵」
「……なんだ……」
「好きだ」
「……寝起きに言う事か、ばかたれ……」
障子戸によって遮られた太陽光が丸みを帯びた影になって、灰色の光を落とす。仙蔵は布団の中から俺を睨んだ。完敗だ、と思い、俺は障子戸を閉め、仙蔵に布団をかけ直す。
朝陽が完全に目を覚ますまで、あともう少し。俺も惰眠を貪ってもばちは当たらないだろう。
仙蔵の寝息が聞こえてくるのを、頬に手を添えて聞く。仙蔵は温かかった。
世界で最も温かい場所は、ここだった。
木も、池も、草も、建物も、屋根も、あまねく万物を染め上げて、太陽は目覚める。
俺はその瞬間が何よりも好きだった。水縹色に黄色が差し込まれる瞬間、朝の訪れ。
今日は夜中に鍛錬を終え、俺にしては早めの就寝だった。布団で寝るのも久しかった。早朝のその時間、池で寝ている時のクセで自然と目が覚める。障子戸から薄い影が伸びているのを開け、こっそり外の様子を覗き見た。
「んん……眩しい、文次……」
仙蔵が寝ながら眉間に皺を寄せる。障子戸から薄い光が伸び、ちょうど仙蔵の顔を照らしていた。長く美しい髪が淡く光る。
「起きてみろ、仙蔵。世界が最も美しい瞬間だ」
「いやだ、私にとっては布団の中こそが世界で最も気持ちがいい瞬間だ……」
仙蔵はなにやらむにゃむにゃ言いながら布団をかぶってしまった。夏ならばこれを「そうだな、美しい」と言って起きるものを、近頃の花冷えの気温では寒いのか、なかなか布団から出てこようとしない。水縹色が薄まって、柔らかな黄色が空を駆けていく。
草が濡れて輝いている。仙蔵の髪の方が美しいと思った。光に透けて薄灰色になびく長髪が絹糸のようで、妖艶で。
「仙蔵」
「……なんだ……」
「好きだ」
「……寝起きに言う事か、ばかたれ……」
障子戸によって遮られた太陽光が丸みを帯びた影になって、灰色の光を落とす。仙蔵は布団の中から俺を睨んだ。完敗だ、と思い、俺は障子戸を閉め、仙蔵に布団をかけ直す。
朝陽が完全に目を覚ますまで、あともう少し。俺も惰眠を貪ってもばちは当たらないだろう。
仙蔵の寝息が聞こえてくるのを、頬に手を添えて聞く。仙蔵は温かかった。
世界で最も温かい場所は、ここだった。
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