綾滝
僕が視界を奪われたなら、最後まで記憶に焼き付いて離れない光景は、きっとお前なのだろう。
ぽつりと零すと、ドン引きと呼んで差し支えない無言が僕を襲った。思っていた展開と違うので面食らう。
「恐ろしいことを言うな。縁起でもない」
「でも、ない話ではない」
踏み子ちゃんを磨く手を止めて滝夜叉丸を見ると、彼も手鏡を見る手を止めてこちらを見ていた。心外だと言わんばかりの、怪訝そうな顔。いくらナルシストといっても、今この瞬間の彼の顔はさすがに美しいとは言えないだろう。
「満天の星空でも、満開の桜でもない。滝夜叉丸、お前の顔」
「……そんなに私の顔が好きだったか? 喜八郎」
「まさか。それだけ強烈ってこと」
「誉め言葉と受け取っておこう」
しぶしぶ、といった調子で、滝夜叉丸は頷いた。自分の美しい顔が僕の瞼に残るのは致し方ない、というふうに。
「私は……私はどうだろう。お前の顔だろうか……」
滝夜叉丸が手鏡を覗き込む。そこで見るべきは僕の顔であるべきなのではないか?
「お前のことだから、自分の顔かもね」
「……そうかもしれんが……平滝夜叉丸という存在を、この世から消したくないという……そういう思い、かもしれないな」
「僕らは名を遺さず死ぬ運命なのに?」
「ああ、その覚悟はしているが……でも、我々は今、確かに生きている。そうだろう?」
お前らしいや、と笑い飛ばして、踏み子ちゃんの手入れを再開した。僕だって、生きた証を探している。掘った穴の数だけ魂を分けられたらよかっただろうか? そんなの命の冒涜だから、できたとしてもやらないけれど。
遠くから、下級生たちの笑い声が聞こえてくる。命の輝きとはああいうものを指すのだろう。青々とした、竹の様に空へと伸びていく、力強い光。かつての我々もああだったろうか。いつの間にかすっかり、宵闇に溶けるのが上手くなった。
「最後には美しさが勝つのだ」
「勝ち負けかなあ」
滝夜叉丸が近付いてくる気配がしたので目をやると、唇にふかりと吐息があたった。おやまあ、珍しい。
「喜八郎の最後の記憶を、日々更新してやろう」
「……それじゃあ、滝夜叉丸の最後の記憶になれるよう、僕も励むよ」
「励まんでいい。私は私の夢を見る」
「それでもお前の記憶に刻んでおいたほうが、僕の生きた証のひとつになるよ」
本当は走馬灯で何事もない日々を思い返せればそれでいいのだが、けれど、ひとつくらい鮮烈な輝きを与えられていたならば、それこそ恋人と呼べた証になるのではないだろうか。
「ねえ。目が見えなくなったら、僕のこと思い出してくれる?」
「……仕方がないな。私の一部になるがいい」
重ねた唇の向こうで、誰かが僕の落とし穴に落ちる叫び声が響いた。休みの長屋なんて、おちおち目合うこともできない。二人で吹きだし笑ってしまった、口吸いどころではない。
「ほら。助けに行ってやれ」
「仕方がないなあ」
ゆっくりと身を起こし、部屋の戸を開けた。部屋を出る前に振り返ると、滝夜叉丸はもう手鏡を覗くことに懸命だったので、そういうところだよ、きっと、と口の中だけで呟いた。
きっとそういうお前だから、僕の記憶に鮮烈なんだよ。
これこの通り、愛している。果たして伝わっているだろうか。
ぽつりと零すと、ドン引きと呼んで差し支えない無言が僕を襲った。思っていた展開と違うので面食らう。
「恐ろしいことを言うな。縁起でもない」
「でも、ない話ではない」
踏み子ちゃんを磨く手を止めて滝夜叉丸を見ると、彼も手鏡を見る手を止めてこちらを見ていた。心外だと言わんばかりの、怪訝そうな顔。いくらナルシストといっても、今この瞬間の彼の顔はさすがに美しいとは言えないだろう。
「満天の星空でも、満開の桜でもない。滝夜叉丸、お前の顔」
「……そんなに私の顔が好きだったか? 喜八郎」
「まさか。それだけ強烈ってこと」
「誉め言葉と受け取っておこう」
しぶしぶ、といった調子で、滝夜叉丸は頷いた。自分の美しい顔が僕の瞼に残るのは致し方ない、というふうに。
「私は……私はどうだろう。お前の顔だろうか……」
滝夜叉丸が手鏡を覗き込む。そこで見るべきは僕の顔であるべきなのではないか?
「お前のことだから、自分の顔かもね」
「……そうかもしれんが……平滝夜叉丸という存在を、この世から消したくないという……そういう思い、かもしれないな」
「僕らは名を遺さず死ぬ運命なのに?」
「ああ、その覚悟はしているが……でも、我々は今、確かに生きている。そうだろう?」
お前らしいや、と笑い飛ばして、踏み子ちゃんの手入れを再開した。僕だって、生きた証を探している。掘った穴の数だけ魂を分けられたらよかっただろうか? そんなの命の冒涜だから、できたとしてもやらないけれど。
遠くから、下級生たちの笑い声が聞こえてくる。命の輝きとはああいうものを指すのだろう。青々とした、竹の様に空へと伸びていく、力強い光。かつての我々もああだったろうか。いつの間にかすっかり、宵闇に溶けるのが上手くなった。
「最後には美しさが勝つのだ」
「勝ち負けかなあ」
滝夜叉丸が近付いてくる気配がしたので目をやると、唇にふかりと吐息があたった。おやまあ、珍しい。
「喜八郎の最後の記憶を、日々更新してやろう」
「……それじゃあ、滝夜叉丸の最後の記憶になれるよう、僕も励むよ」
「励まんでいい。私は私の夢を見る」
「それでもお前の記憶に刻んでおいたほうが、僕の生きた証のひとつになるよ」
本当は走馬灯で何事もない日々を思い返せればそれでいいのだが、けれど、ひとつくらい鮮烈な輝きを与えられていたならば、それこそ恋人と呼べた証になるのではないだろうか。
「ねえ。目が見えなくなったら、僕のこと思い出してくれる?」
「……仕方がないな。私の一部になるがいい」
重ねた唇の向こうで、誰かが僕の落とし穴に落ちる叫び声が響いた。休みの長屋なんて、おちおち目合うこともできない。二人で吹きだし笑ってしまった、口吸いどころではない。
「ほら。助けに行ってやれ」
「仕方がないなあ」
ゆっくりと身を起こし、部屋の戸を開けた。部屋を出る前に振り返ると、滝夜叉丸はもう手鏡を覗くことに懸命だったので、そういうところだよ、きっと、と口の中だけで呟いた。
きっとそういうお前だから、僕の記憶に鮮烈なんだよ。
これこの通り、愛している。果たして伝わっているだろうか。