綾滝

 花に囲まれているアイツが見たくて、店頭の一番大きい花束を買ってから、今日がホワイトデーだったことを思い出した。
 白でまとまった花束はいくつかの薔薇が印象的で、その色がホワイトデーに因んでいることに気が付いたのも、滝夜叉丸の家に向かっている最中のことだった。さも狙っていましたといわんばかりの顔で行けば、バレないだろうか。最初から、今日という日にコレを買うつもりだった、という顔でいけば。
 滝夜叉丸の家に着いて、LINEで彼を呼び出す。ピンポンはしない。高校生にもなって幼馴染の家のチャイムを鳴らすという行為は、なんだか幼稚な行いのような気がしていた。
 玄関から顔を覗かせた滝夜叉丸は、まず僕の腕の中を見て目を見開き、しかし次の瞬間には微笑みを浮かべていた。こういうイベント毎を察するのは昔から早い方だった。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
 お決まりの挨拶を形式だけ交わし、彼の家に上がる。部屋まで直行、のち、花束を押し付けた。がさりと青い包装紙に皺が寄る音がする。
「ホワイトデー」
「お前が? 私に?」
 滝夜叉丸は愉快そうに言い、薔薇の香りを嗅いだ。彼の横顔に、やはり花束はよく映えた。見たいものが見れたので満足していると、滝夜叉丸が僕の顔を覗き込んで笑う。
「ふふふ」
「なんだよ」
「ダウト。ホワイトデー、忘れてたろう」
 滝夜叉丸は一分の隙もない笑顔で、僕の胸に指を指す。薔薇に射貫かれたように、僕はぎくりと動けなくなる。
「たまたま店の前を通ったんじゃないか」
「違うよ。本当に花束を贈りたかったんだよ」
 少しバツが悪くなって、けれど無実を証明したくて、僕は声を張る。滝夜叉丸は深くは追求せず、そうか、と言ってまた花束に鼻を近付けた。彼の伏せたまつ毛の羽ばたきを見つめる。
「私からバレンタインを贈った時、そんなイベントがあることすら知らなかったという風だったお前が」
「うるさいなあ」
 二月中旬なんて、吹いたら飛んでしまいそうな日々の真っ只中じゃないか。突然チョコレートを貰ったってピンとこない。僕は悪くない。
「花束とは気が利くな」
「そう」
「とても嬉しいよ。ありがとう」
 青い包装紙に巻かれた、鮮やかな黄色のリボンの影が、彼の手首に影を落とした。くるくると螺旋を描くそれを、指先でつまんで解くと、包装紙の中から花々が零れ落ちてくる。抱き留めながら、滝夜叉丸は
「花瓶に活けてくる」
 と言って部屋を出て行った。残された僕は、白薔薇の香りを思い出しながら、これが恋人の香りなのかと独り言ちた。黄色のリボンで縁どられた、新しい日々の気配。
 これから春がやってくる。桜が咲いたら、滝夜叉丸お得意の「私とどちらが美しいか」の演説が始まる。鬱陶しい、うんざりだ、そんなことを毎年言いつつも、それが毎年言えることに喜びを感じているのが、今の僕だ。今年は何て返そうかな。いっそ「お前の方が美しいよ」と言ってみようかな。
 押し黙り、赤面する彼のご尊顔が見られるなら、それも悪くないかもしれない。僕がひとりで笑っていると、いつのまにか帰って来た滝夜叉丸が怪訝そうに僕を見ていた。
「何を笑っているんだ」
「ん? なんでもない」
 訝し気な彼に、雑な返答をして、僕は上着を脱いだ。春の始まり、部屋の中に入ってしまえば暑くなる季節だった。
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