その他
例えば雷蔵が女の子だったら、私は好きになっていただろうか。
雷蔵は雷蔵なのだから好きなのであって、性別なんてきっと関係ない、といつもなら思うのだが、今ばかりはそうは言っていられない。
朝起きたら、見下ろした胸に膨らみがあったのだ。そして股間に、イチモツがないのである。
何だこれは。どうなっている。肌質が全体に柔らかくなっている。首も腰も細い。わ、と漏れた声も高くて、思わず口を押える。
「三郎? どうかした?」
例えば雷蔵が女の子だったら。私も女の恰好をしていただろうか。
同学年より高く伸びた背を削りたくなったり、広くなった肩幅を狭めようとしたり、俯くことが増えたのだろうか。胸に詰め物をして、高い声を出して。
今はそんな努力をしなくても、全てがか細い。雷蔵の目が見られない。
動揺でもぞもぞと動く私の気配で起きた雷蔵が、私の異変に気付く。
「……え? 三郎?」
勝手に震える肩も細いのだろう。雷蔵は恐る恐る私に触れて、一瞬言葉を失ったのち、そっと私を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だからね」
いつもの忍者装束は予想通りぶかぶかで、おそらく腕力も握力も半分以下になっている。ひとまず「体調不良で寝ている」ということにしてもらって、雷蔵に言伝を頼んでいる間、部屋から出ずに震えていた。
「どうする? 新野先生か伊作先輩にだけでも来てもらう?」
ふるふると首を振ると、そうだね、わかった、と言って、雷蔵は障子戸にかけていた手を降ろした。私は声を出すのも恥ずかしくて、細くなった手で雷蔵にごめんと謝った。
「それにしても、一体どうしたんだろうね。いきなり女の子になってしまうなんて」
なにか心当たりは? という問いにも、首を振って答える。いつも様々な人々に変装していることの罰だろうか。罰と言われるほどの罪ではないと思うのだが。現にこうして雷蔵は許してくれているし、忍は変装をするものだし。
「案外、突然もとに戻ったりしてね。突然なったのだから」
雷蔵の、この強さが好きだ。私を励まそうとする言葉の頼もしさ、逞しさ。
「どんな三郎でも、僕は受け入れるよ」
だから大丈夫。雷蔵はそう言って私の手を握った。いつもなら同じ大きさのはずの手が、今だけは一回りも二回りも違う。
「三郎と僕をそっくりにさせるなら、僕が女装しなければならないかなあ。僕、こんなにかわいくなれるかなあ」
「……雷蔵はかわいいよ」
聞きなれない高い声で、それだけ紡ぐ。雷蔵はそれににっこりと微笑むと、私の頬に手を添えた。
「かわいい人にかわいいと言って貰えるのは、なんだか照れてしまうね」
雷蔵は、これを友情だという。私は恋をしている。それが男女になっても通ずるものかは知らない。けれども私は、これを恋だと思っている。
男同士であることを気にして雷蔵に好きだと伝えられていないなら、女になった今こそ伝えるべきなのかもしれない。これはそのためのチャンスなのではないか。的外れなことを考えながら雷蔵と視線を交わらせると、やっぱり微笑まれて、私は自分の醜さを恥じた。
女だとか、男だとか、本当はそんなこと考えたくない。雷蔵は雷蔵なのだ。雷蔵だからこそ、好きなのだ。
そして、だからこそ、私は思いを伝えないのだ。
叶わない恋をしている。叶わないとわかっているから、私は彼の顔を好意につけこんで借りている。
「……いっそ、楽しんでみるかい? 町に出るとか」
「……デートだな」
「そう。かわいい三郎とデート」
こういう時に、彼は迷い癖を出さない。私を安心させるために、明るく振舞ってみせる。
ああ、敵わない。敵わないから、叶わない。
いっそ、雷蔵も女の子になってくれればいいのに。そうしてずっと、一緒にいられたらいいのに。
死ぬまでずっと、一緒にいられればいいのに。
「……なにかんがえてるの?」
「……べつに。ばかみたいなこと」
男を辞めても、地獄は地獄だ。雷蔵が幸せであるならば、それでいい。
友達でいられるなら、男でも女でも、もうなんだっていい。
「……抱かないのか? 無防備な、お前に従順な女だぞ」
「本当にばかみたいだな。僕たちは友達だろ」
陽の当らない恋は、食べ進めるほど苦くなる。けれどもこの実を食べ終わることはない。私はぱっと笑顔を張り付けて、雷蔵と腕を組んで町に繰り出した。のちのち、雷蔵が「女と歩いていた」と噂されればいいと思って。それは私だということを、世界で知っているのが二人きりであればいいと思って。
雷蔵の言った通り、翌日の朝には男に戻っていた。私は喜んでいいのか、悲しめばいいのかわからないまま、雷蔵に「ただいま」と言った。
雷蔵はいつもの微笑みで、「おかえり」と私に言う。実はまだ苦いままだったが、この口でキスをしないで済んでよかったと思った。
いつか甘い唇を味わえるだろうか。昨日より随分大きくなった手で、雷蔵の面を撫でた。
雷蔵は雷蔵なのだから好きなのであって、性別なんてきっと関係ない、といつもなら思うのだが、今ばかりはそうは言っていられない。
朝起きたら、見下ろした胸に膨らみがあったのだ。そして股間に、イチモツがないのである。
何だこれは。どうなっている。肌質が全体に柔らかくなっている。首も腰も細い。わ、と漏れた声も高くて、思わず口を押える。
「三郎? どうかした?」
例えば雷蔵が女の子だったら。私も女の恰好をしていただろうか。
同学年より高く伸びた背を削りたくなったり、広くなった肩幅を狭めようとしたり、俯くことが増えたのだろうか。胸に詰め物をして、高い声を出して。
今はそんな努力をしなくても、全てがか細い。雷蔵の目が見られない。
動揺でもぞもぞと動く私の気配で起きた雷蔵が、私の異変に気付く。
「……え? 三郎?」
勝手に震える肩も細いのだろう。雷蔵は恐る恐る私に触れて、一瞬言葉を失ったのち、そっと私を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だからね」
いつもの忍者装束は予想通りぶかぶかで、おそらく腕力も握力も半分以下になっている。ひとまず「体調不良で寝ている」ということにしてもらって、雷蔵に言伝を頼んでいる間、部屋から出ずに震えていた。
「どうする? 新野先生か伊作先輩にだけでも来てもらう?」
ふるふると首を振ると、そうだね、わかった、と言って、雷蔵は障子戸にかけていた手を降ろした。私は声を出すのも恥ずかしくて、細くなった手で雷蔵にごめんと謝った。
「それにしても、一体どうしたんだろうね。いきなり女の子になってしまうなんて」
なにか心当たりは? という問いにも、首を振って答える。いつも様々な人々に変装していることの罰だろうか。罰と言われるほどの罪ではないと思うのだが。現にこうして雷蔵は許してくれているし、忍は変装をするものだし。
「案外、突然もとに戻ったりしてね。突然なったのだから」
雷蔵の、この強さが好きだ。私を励まそうとする言葉の頼もしさ、逞しさ。
「どんな三郎でも、僕は受け入れるよ」
だから大丈夫。雷蔵はそう言って私の手を握った。いつもなら同じ大きさのはずの手が、今だけは一回りも二回りも違う。
「三郎と僕をそっくりにさせるなら、僕が女装しなければならないかなあ。僕、こんなにかわいくなれるかなあ」
「……雷蔵はかわいいよ」
聞きなれない高い声で、それだけ紡ぐ。雷蔵はそれににっこりと微笑むと、私の頬に手を添えた。
「かわいい人にかわいいと言って貰えるのは、なんだか照れてしまうね」
雷蔵は、これを友情だという。私は恋をしている。それが男女になっても通ずるものかは知らない。けれども私は、これを恋だと思っている。
男同士であることを気にして雷蔵に好きだと伝えられていないなら、女になった今こそ伝えるべきなのかもしれない。これはそのためのチャンスなのではないか。的外れなことを考えながら雷蔵と視線を交わらせると、やっぱり微笑まれて、私は自分の醜さを恥じた。
女だとか、男だとか、本当はそんなこと考えたくない。雷蔵は雷蔵なのだ。雷蔵だからこそ、好きなのだ。
そして、だからこそ、私は思いを伝えないのだ。
叶わない恋をしている。叶わないとわかっているから、私は彼の顔を好意につけこんで借りている。
「……いっそ、楽しんでみるかい? 町に出るとか」
「……デートだな」
「そう。かわいい三郎とデート」
こういう時に、彼は迷い癖を出さない。私を安心させるために、明るく振舞ってみせる。
ああ、敵わない。敵わないから、叶わない。
いっそ、雷蔵も女の子になってくれればいいのに。そうしてずっと、一緒にいられたらいいのに。
死ぬまでずっと、一緒にいられればいいのに。
「……なにかんがえてるの?」
「……べつに。ばかみたいなこと」
男を辞めても、地獄は地獄だ。雷蔵が幸せであるならば、それでいい。
友達でいられるなら、男でも女でも、もうなんだっていい。
「……抱かないのか? 無防備な、お前に従順な女だぞ」
「本当にばかみたいだな。僕たちは友達だろ」
陽の当らない恋は、食べ進めるほど苦くなる。けれどもこの実を食べ終わることはない。私はぱっと笑顔を張り付けて、雷蔵と腕を組んで町に繰り出した。のちのち、雷蔵が「女と歩いていた」と噂されればいいと思って。それは私だということを、世界で知っているのが二人きりであればいいと思って。
雷蔵の言った通り、翌日の朝には男に戻っていた。私は喜んでいいのか、悲しめばいいのかわからないまま、雷蔵に「ただいま」と言った。
雷蔵はいつもの微笑みで、「おかえり」と私に言う。実はまだ苦いままだったが、この口でキスをしないで済んでよかったと思った。
いつか甘い唇を味わえるだろうか。昨日より随分大きくなった手で、雷蔵の面を撫でた。
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