雑高

 伊作くんの話をすると陣左はわかりやすく拗ねる。それはよかったですね、とツンとした声を出し目線をそらすのだ。私はそれが楽しくて、ついつい忍術学園の入門表にサインを書いてしまう。
「それは雑渡さんが悪いですよ」
 伊作くんはそう言いながら、かゆみ止めの軟膏を私に塗ってくれた。森の中にいたら虫になんていくらでも食われる。保健室に訪れるのに一番ちょうどいい言い訳となるので最近は助かってすらいる。
「好きな人には、好きとちゃんと伝えてあげなくちゃ。不安になっちゃいますよ」
「まさか伊作くんにお説教されちゃうなんてね」
 伊作くんはハイ、と私の手をペチリと叩き、完了です、と言った。つまり「とっとと帰りなさい」という意味だ。私はくつくつと笑って部屋を出る。陣左も伊作くんも最近そっけないなあ。からかうと楽しいだけなのに。
 出門表にサインして、タソガレドキ領に戻ると、すっかり腹を立てた陣左が待っていた。
「おかえりなさいませ」
「陣左。拗ねないで」
「拗ねておりません」
「もう」
 陣左におみやげのお団子を渡しても、機嫌はあまり直らなかった。やっぱり薔薇の花束の方がいいのかな。でも以前、伊作くんに花束をプレゼントした時も陣左は大層拗ねていたから、余計怒らせるだけかもしれない。
「あれ? 陣左、頬腫れてない?」
「…………ああ、これですか。お気になさらないでください」
「なになに? 女の子怒らせちゃった?」
「……はい」
「え?」
 陣左の覆面の僅かに上、紅葉の手形がはみ出していたので、何事かと思ったら。陣左はむすっとしつつも、ことのあらましを私に話してくれた。
「……私に好意を持つという女性から、何度か話しかけられておりました」
「え~~逆ナン?」
「鬱陶しいからやめてくださいと、何度も申し上げておりました」
「辛辣すぎ。かわいそうじゃん」
「……今日は、あまりにもしつこかったので。私は雑渡様のものだとお伝えしたら、ばちんと」
「……それは災難だったね」
 陣左の頬に手を添えた。お前は私のものだけど、所有物ではないのに。自由に羽ばたいたっていいんだよ、と言いたい気持ちと、どこにも行かせずに閉じ込めておきたい、という感情が混ざって、私は口をつぐんだ。
「……私は雑渡様のお傍にいたいのです。例えあなたが、あっちにふらふらこっちにふらふらしていても」
「言い方」
「いいのです。全てひっくるめて、雑渡様です」
「……愛してるよ」
 陣左はむすっとしたまま私の顔を見上げた。こんなにも愛しく思っているのに、なかなか伝わらないようだ。私は陣左の目の前に手を出した。
「さっき、ここに伊作くんの手作りの軟膏を塗ってもらったのだけれど」
「……それが何か」
「こうして拭いちゃいます」
「……ええ……」
 陣左の裾で軟膏を拭き取ったら、怪訝な顔をされてしまった。だってハンカチ持ってなかったんだもの。
「では私はこうします」
「……だいた~ん」
 陣左は軟膏を拭き取った手の甲に唇を寄せた。上書き、されてしまった。おお、やることが男前。陣左はそれでも私をキッと睨み上げ、許してませんよ、と視線で怒る。
 その顔が好きなんだよなあ、と言ったら、激怒させてしまうだろうから言わないけれど。私はしおしおと「ごめんね」と言った。ほら、一緒にお団子を食べよう。ここのはとびきり美味しいんだ。
 素直に言葉を紡いでいくしかないのだよなあ。どれだけお前を愛しているか。お団子はほんのり桜の風味がして、陣左の腫れていない方の頬も桜色に染まっていて、そういった瞬間を積み重ねていかねばなあと思う。まあ、私たちは刹那に生きているから、来年の桜も一緒に見られるか分からないのだけれど。
「確かに美味いですね」
 諦めたように笑う陣左のまつ毛を風が撫でていく。かゆみが復活してきた左手に気付かない振りをして、私は陣左の前髪を梳いた。
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