雑高

 家の向かいにパン屋があるというのは僥倖だ。土曜日の朝、私たちは連れ立ってこのパン屋に訪れる。僥倖を味わうために。

 しらすと大葉のフォカッチャ、バジルのチーズバゲッド、はちみつミルク、クリームチーズとクランベリー。雑渡さんがトレーを山盛りにしていくのを見ながら、私は焼きたてのパンの香りをこっそり、鼻腔いっぱいに吸いこむ。しあわせというものに香りが付いているのなら、パン屋の香りという種類が絶対にあるはずだ。レジで精算を済ませ、マンションの三階へと帰る。レターボックスに何も入っていないことを確認して、完璧な休日のはじまりを迎えた。
 帰宅してまずは、湯を沸かす。濃いめのコーヒーを淹れるためだ。家中が香ばしい匂いにつつまれ、それも至福のひとつではあるが、一度窓を開け換気をする。あたらしい一日は、あたらしい空気ではじめたい。
 チーズバゲッドを温め直し、コーヒーを淹れ、窓を閉める。二人でテーブルについて、いただきますを言う。ダークブラウンのテーブルに広げたモスグリーンのランチョンマットに、白い皿が光る。買ったパンを個装の紙袋から取り出して、その上に並べていった。
 チーズのしょっぱさ、大葉の爽やかさ、はちみつの甘さ、クランベリーの酸っぱさ。口の中でパレードが行われているようだった。雑渡さんと分け合いながら舌鼓を打ち、コーヒーで幸福を流し込んでいく。
「こうして二人で休日を過ごせることが、なによりもしあわせだ」
「私もそう思います」
 生活のすみずみまで、我々はこだわっている。洗濯物を入れるカゴから、カーテンの生地まで、ひとつひとつ吟味した。一緒に暮らす時に誓ったのだ。せっかく生きていくのなら、最大限に幸福を味わおうと。幸福になるための努力を惜しまずにいようと。
「前世も食堂での食事は楽しかったけれど、あんまり一緒に摂ることはなかったからね」
「忍務中は兵糧丸や忍者飯でしたしね。食の喜びを味わう暇が、なかなかありませんでした」
 生きることは食べることである。それは義務のようなものだった。生き延びるために、空腹で動けなくなる前に、ものを口にいれる。作業だった、なんのよろこびもない。
「置かれた場所で咲きなさいって言葉があるけれど、一所懸命咲いてたって、それを美しいと思うかどうかは主観だよねえ」
 クリームチーズの香りが鼻に抜け、コーヒーの苦みと混じる。このハーモニーのために、コーヒーはブラックだ。取捨選択ができるというささいな幸せも噛みしめる。
 雑渡さんと私は前世の記憶がある状態で再会し、そして前世の記憶を厭わず共有しながら同棲している。社会的立場だとか世間体だとか、五百年前とはずいぶん変わってしまった価値観に翻弄されながらも、いまこうして一緒に朝食を摂れる奇跡に、なんの文句があろうか。
 前世では、組頭と側近という役職があり、相応の仕事に命を賭ける必要があった。陽が沈んだり昇ったりするたびに「また一日が過ぎた」と思ったものだ。
 はちみつミルクのパンで頬を緩ませながら、雑渡さんはしみじみと「いい歳の取り方をしている」と言った。
「ブレッドアンドバター。なくてはならないもの」
「ことわざですか?」
「そう」
 パンとバターの関係か。口中に広がるしあわせをたっぷり味わって、ごくりと喉を鳴らす。
 生きることは食べることである。雑渡さんと食事を共にし、雑渡さんと生きていくことを誓う。
「泰平の世であれ」
 我々は人を殺めたことがある、それも何度も――五百年前の話だ。今とは命の価値が違う時代。
 私も、平和を願っている。平和であるからこそ、こうして朝食にありつけるのだ。
 窓の外を見る。あたたかな初夏の陽射し。透き通った風が若葉を揺らす。電柱がきらきらと輝いている。

 家の向かいにパン屋があるというのは僥倖だ。土曜日の朝、私たちは揃って焼きたてのパンを楽しむ。僥倖を味わうために、生きている。
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