雑高
花が降ってきたもんだから驚いた。うたた寝くらい許してほしかった、頭上からたくさん降ってきた花から逃れるために、手で顔の上を払う。
夕刻、木々が濃ゆい影を落とし、宵が足音を忍ばせ近付いてきていた。これから夜通しの忍務なのだから、今のうちに仮眠をとっておこうと思ったのに、頭の周りには香しい花弁たち。何事かと目を開く。
「ふふふ」
そこには笑った陣左がいたので、意外性に少し驚いた。彼はいたずらもしないし、さらにはその内容が可憐であるところの想像もできない。
「どうしたの。何事」
「嵐って、突然やってきますよね」
「前兆はあるけどね。弱い雨、強い風」
花の嵐だなんて、春の特権だろうに。この寒い時期に、どこからこんなに花を見つけてきたのやら。
すっかり覚醒した右眼で、手に取った花々を見つめた。私には到底似合わない、淡い美しさ。
「生命って儚いね。頭をもいでしまえば、あとは萎れていく」
「けれど、命の強さは美しいです」
陣左はまだ笑っている。なにが彼をこんなに穏やかにさせているのだろう。冷たい風が、彼の前髪を揺らした。花弁のいくつかが風に踊って散っていく。
「雑渡様は」
愛しいという感情を、仕事の邪魔にはしたくなかった。けれどその感情は胸の芯に聳え、私の中心を形作っている。信頼という命綱が我々を繋いでいて、だからこそ背中を預けることができる。私の左側。私の愛しい子。
「雑渡様は、愛を知っていらっしゃるから、強くあられる」
「……どうしてそう思うの?」
「私はあなたを一心にお慕いして参りました。そして雑渡様は、私を一心に愛してくださいました。我々がまっすぐ前を向けているのは、心の臓を結んでいるのが愛だからと思うのです」
「言うことがロマンティックだね」
「ですから」
陣左は襟元から一輪の花を取り出して、傷だらけの右手で私に差し出した。
「愛を。これからも」
花を受け取り、目を細める。夕闇が彼のうなじを焼いていく。烏が空を渡る音を聞きながら、生きていることを実感した。
こうやって私の輪郭は作られていくのだ。夜という世界で、闇に溶け込んでいるつもりでも、私という個体は浮かび上がるのだ。
「お前は本当に」
花を手にしたまま、陣左の頬を甲で撫でた。破顔した彼を手に入れられるのは、世界で私だけ。
夕刻、木々が濃ゆい影を落とし、宵が足音を忍ばせ近付いてきていた。これから夜通しの忍務なのだから、今のうちに仮眠をとっておこうと思ったのに、頭の周りには香しい花弁たち。何事かと目を開く。
「ふふふ」
そこには笑った陣左がいたので、意外性に少し驚いた。彼はいたずらもしないし、さらにはその内容が可憐であるところの想像もできない。
「どうしたの。何事」
「嵐って、突然やってきますよね」
「前兆はあるけどね。弱い雨、強い風」
花の嵐だなんて、春の特権だろうに。この寒い時期に、どこからこんなに花を見つけてきたのやら。
すっかり覚醒した右眼で、手に取った花々を見つめた。私には到底似合わない、淡い美しさ。
「生命って儚いね。頭をもいでしまえば、あとは萎れていく」
「けれど、命の強さは美しいです」
陣左はまだ笑っている。なにが彼をこんなに穏やかにさせているのだろう。冷たい風が、彼の前髪を揺らした。花弁のいくつかが風に踊って散っていく。
「雑渡様は」
愛しいという感情を、仕事の邪魔にはしたくなかった。けれどその感情は胸の芯に聳え、私の中心を形作っている。信頼という命綱が我々を繋いでいて、だからこそ背中を預けることができる。私の左側。私の愛しい子。
「雑渡様は、愛を知っていらっしゃるから、強くあられる」
「……どうしてそう思うの?」
「私はあなたを一心にお慕いして参りました。そして雑渡様は、私を一心に愛してくださいました。我々がまっすぐ前を向けているのは、心の臓を結んでいるのが愛だからと思うのです」
「言うことがロマンティックだね」
「ですから」
陣左は襟元から一輪の花を取り出して、傷だらけの右手で私に差し出した。
「愛を。これからも」
花を受け取り、目を細める。夕闇が彼のうなじを焼いていく。烏が空を渡る音を聞きながら、生きていることを実感した。
こうやって私の輪郭は作られていくのだ。夜という世界で、闇に溶け込んでいるつもりでも、私という個体は浮かび上がるのだ。
「お前は本当に」
花を手にしたまま、陣左の頬を甲で撫でた。破顔した彼を手に入れられるのは、世界で私だけ。