雑高

 桜の寿命は一斉にくるという。街から一度に桜の消えた四月のことを考えた。たかが花のこと、と思いはするものの、それは随分と寂しい光景になるように想像できた。
 目には見えないものを写すのが、カメラの役目だと思っている。私が初めてカメラを手にしたのは高校生の時、父のお下がりだった。古臭い、少し重いカメラのファインダー越しに見える小さな景色が、なんだか生きていることの答えのように感じてから、私はカメラの虜だ。
「陣左は本当にカメラが好きだね」
 私が構えたレンズを左手で塞ぎながら、雑渡さんは言う。雑渡さんは、私が彼を撮ることをよしとしない。極端に写真を嫌う。
「だって、撮った私が古くなるでしょう」
 今を生きていたいから、というのがその理由だった。私が撮った風景写真に頷きはすれど、目に見える世界を全てと考えていた。その考えは否定しない。私がしたいことは、その瞬間を彩りたいだけにすぎない。
 けれど、私は、愛しい人を、記録に残したかった。
「旅行先のツーショットとかならいいけど」
 雑渡さんはしぶしぶそう言う。それを聞いて、私はすぐさま旅行を企画したほどだ。ツーショットが欲しいからという理由で旅行をするのはおかしいことだろうか。私は彼の無骨なピースサインを定期入れの中に忍ばせている。
「ていうか、陣左が写真に写ってないじゃない。撮ってあげるよ」
 雑渡さんは私にスマホカメラを向けた。確かに私自身は写真に撮られ慣れていない、人の写真を欲しがっているくせに。雑渡さんの手元からシャッター音が数度した。彼の手の中に、笑えていない私が残る。
「うふふ、待ち受けにしちゃおう」
「やめてください!」
 撮られることの恥ずかしさを知った。雑渡さんは待ち受け画面の設定に四苦八苦している。それを見ながらカップの底に残ったコーヒーを煽り、やっぱり桜の寿命について考える。桜を背景に、雑渡さんの写真が撮れればいいのに。
「陣左、モデル向いてるんじゃない? ほれぼれするほどかっこいいもの」
「まさか。撮る方が好きです」
「撮られることも勉強になるかもよ」
 雑渡さんはにやにやと笑いながら、モデル事務所の入所オーディションを検索しだした。どうせなら写真のコンテストの公募について調べてくださればいいのに、と文句を唱えると、雑渡さんは頬を膨らませる。
「昨夜、断られて、ちょっとおこなんだよ」
「腹の調子が悪いだけです。嫌になったわけではありませんよ」
 私から誘うことが多いため、彼からのお誘いは久々のことだった。それなのに断ってしまったことについて、罪悪感を覚えなくもない。けれどみっともないところは見せたくない。純粋に腹の調子が悪かった。それ以上の意図はないのに、愛しい人は拗ねている。
 拗ねているところすら、記録に残せないのだ。この目に焼き付けなければならない。私がじっと見つめていると、雑渡さんは私の目を左手で塞いだ。カメラのレンズを塞ぐように。
「穴が開いちゃうよ」
「あきませんよ」
「見飽きちゃうよ」
「あきませんよ」
 彼の手のひらの厚さが好きだった。私は思わず口角を上げる。すると雑渡さんが、「ああ、わかった」と呟いた。視界が開けて、彼のほほえみが目に入った。
「今の瞬間を残したいという気持ちがわかったよ。この瞬間を切り取るために、陣左は撮っているんだね」
 けれど、彼は撮られてはくれないのだろう。今この瞬間を生きるために。
 私と今を、一緒に生きていくために。
 「また旅行に行きたいね。今度はどこに行こう」
 コーヒーはすっかり飲み干してしまった。口の中に残る苦みは、嫌いじゃなかった。
「桜の名所に、行きませんか」
 次の四月も、また。
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