雑高
いい加減うたた寝から起きあがった。眠れない頭を無理やり鎮めようとしても、がんがんと冴えわたるばかりで、一向に寝れやしない。机につっぷしていた頭をむくりと持ち上げると、下に敷いていた腕が重く、少し痺れていた。だらんとぶら下げながら、指先に血をめぐらせる。
昨晩、タクシー乗り場で、感傷的になってしまったのがよくなかった。別れ際に「お慕い申しております」と呟くと、彼は「おやすみ」と返した。そのたった四文字が重くのしかかり、そこから家までの記憶がない。車の中から見る夜景は好きな方だというのに。タクシーの中で、よそよそしい椅子の硬さも、息苦しいシートベルトも、私の温度を無視したのだ。人は、こうして孤独になっていくのかもしれない。
キッチンで、適当なコップに水道水を汲んだ。泥臭い味がした。ポケットの中のスマホを見るのが怖かった。あの人からの取繕ったメッセージなど見たくもなかった。
顔を洗い、腫れぼったい目を冷やす。とらなければならない連絡があるのを思い出し、意を決してスマホを覗いた。通知は三件来ていたが、どれも迷惑メールだった。文面も読まずに消していく。あの人からはなにも送られてきていなかった。
「陣左は、私を買いかぶりすぎたよ」
それが雑渡様の言い分だった。私が彼を慕っている旨を申し伝えるたび、口癖のようにそう言い含められた。私は聞き訳が悪いので、それを肯定したことはなかった。いくら雑渡様の発言だからと言って、すべてを肯定する必要はない。私の思いは曲げない。曲げられない。
雑渡様とは、月に一度、一緒に夕食を摂っている。その予定だけが、私と彼を繋ぎとめていた。昨夜は、ミラノ風カツレツだとか、コンソメスープだとか、簡素なイタリアンが食道を通るたび、味気なさと油っぽさで吐きそうになっていた。彼がワインのメニューを見ながら、これがいいね、これにする? と言った時、もうおしまいなのかと思ったほどだ。彼がワインの銘柄に拘ったことなどなかったからだ。
デザートのジェラートで舌を冷やしながら、彼の未来を思った。その隣に私がいるとは思えなかった。けれど諦めたくなかった。ワインで喉が熱い。雑渡様からぽつりぽつりと零される世間話に相づちを打つので精いっぱいだった。
「陣左は、この先どうしたい?」
それが仕事の話だとは分かっていても、うまく答えることが出来なかったのは、私の不甲斐なさだ。
「ずっと、一緒にやっていけたらと」
「……うん。これからも発注するね」
雑渡様は二本目のワインを注文した。血の様に濃い赤だった。
昨晩、タクシー乗り場で、感傷的になってしまったのがよくなかった。別れ際に「お慕い申しております」と呟くと、彼は「おやすみ」と返した。そのたった四文字が重くのしかかり、そこから家までの記憶がない。車の中から見る夜景は好きな方だというのに。タクシーの中で、よそよそしい椅子の硬さも、息苦しいシートベルトも、私の温度を無視したのだ。人は、こうして孤独になっていくのかもしれない。
キッチンで、適当なコップに水道水を汲んだ。泥臭い味がした。ポケットの中のスマホを見るのが怖かった。あの人からの取繕ったメッセージなど見たくもなかった。
顔を洗い、腫れぼったい目を冷やす。とらなければならない連絡があるのを思い出し、意を決してスマホを覗いた。通知は三件来ていたが、どれも迷惑メールだった。文面も読まずに消していく。あの人からはなにも送られてきていなかった。
「陣左は、私を買いかぶりすぎたよ」
それが雑渡様の言い分だった。私が彼を慕っている旨を申し伝えるたび、口癖のようにそう言い含められた。私は聞き訳が悪いので、それを肯定したことはなかった。いくら雑渡様の発言だからと言って、すべてを肯定する必要はない。私の思いは曲げない。曲げられない。
雑渡様とは、月に一度、一緒に夕食を摂っている。その予定だけが、私と彼を繋ぎとめていた。昨夜は、ミラノ風カツレツだとか、コンソメスープだとか、簡素なイタリアンが食道を通るたび、味気なさと油っぽさで吐きそうになっていた。彼がワインのメニューを見ながら、これがいいね、これにする? と言った時、もうおしまいなのかと思ったほどだ。彼がワインの銘柄に拘ったことなどなかったからだ。
デザートのジェラートで舌を冷やしながら、彼の未来を思った。その隣に私がいるとは思えなかった。けれど諦めたくなかった。ワインで喉が熱い。雑渡様からぽつりぽつりと零される世間話に相づちを打つので精いっぱいだった。
「陣左は、この先どうしたい?」
それが仕事の話だとは分かっていても、うまく答えることが出来なかったのは、私の不甲斐なさだ。
「ずっと、一緒にやっていけたらと」
「……うん。これからも発注するね」
雑渡様は二本目のワインを注文した。血の様に濃い赤だった。