雑高
一日一粒だよ、と雑渡様はおっしゃった。
白い錠剤を瓶から取り出し、手のひらに転がした。これが胃の中で溶けるのが早ければ早いほど私は早く救われるのだが、と睨みながら口に放って、水を含む。ごくり、喉の奥で苦みが広がった。
吐き気は治まっていたが、頭痛はまだあった。額を捏ねるように押さえるが、がんがんと眉間を叩くような痛みは和らがなかった。
「一日一粒だよ、陣左。これがお前を楽にしてくれる」
私はそれを、救いだと思った。まやかしではなく、ほんものの言葉だと思った。
医者には「あなたが見たものは幻影だ、そんなものは捨ててしまいなさい」と言われている。医者なんかより、雑渡様のほうがずっと信頼できた。
瓶には何も書かれていない。私はこの薬がなんの薬なのかを知らない。
「う、ぁ、おぇ……っ」
突如襲ってきた吐き気に、慌てて手洗いに駆け込んだ。便器の中へ嘔吐すると、鼻水と涙も一緒に落ちていった。
「ゲホッ、う、ぁあ」
情けない、と思うのはやめなさい、とも医者に言われていた。あなたに必要なのは休息です。
吐瀉物を水で流し、痕跡を消す。ああ、魔法の薬も流れていってしまった。それだけが惜しかった。一日一粒の約束だから、これ以上飲めない。
顔を洗い、口をゆすぎ、何喰わない顔で鏡を見つめた。少し、以前よりこけている気もする。
雑渡様に会いたくなった。まだ陽が高いから、会えない。外に出ることは禁止されている。自分で自分を慰めるのは飽きてしまった。途方もないからだ。
「陣左。魂の重さって知っている?」
雑渡様は昨夜、私の胸を撫でながらそう言った。心臓の重さのことを言ったのかと思ったが、魂そのものの話だった。
「二十一グラムって言われているんだ。陣左のここにある、二十一グラムが、私は愛おしいよ」
そう言って私の首の付け根を強く噛んだ。痛かった、鏡で確認すればしっかりと噛み痕が残っていた。とても嬉しかった。
「そうだ、首輪を買ってあげようか」
雑渡様はそう言って、私のうなじを舐め上げた。舌の生温かさに身震いしていると、私の胸の頂を弾きながら、「それとも、ここがいい?」と訊ねる。
「明日の晩、開けようか。ピアス、買ってきてあげるね。おそろいにしよう」
乳首を摘ままれ、小さく喘ぐと、臀部を叩かれる。私は涙目でこくこくと頷いた。
そうして夜は終わった。朝になれば雑渡様は支度を終えているところで、朝食を一緒に食べ損ねたことを知る。
「それじゃあ、行ってくるからね。いい子で待っていてね」
「はい、いってらっしゃいませ」
キスを交わし、見送った。彼の帰りが遅くなることは分かっていた。
窓から外を見渡す。高層マンションだけあって、視界は広かった。それでも、どこへも行けない、と思った。どこにも行けなくていい、と思った。
雑渡様がいれば、それで。
時計は十五時を指している。テレビはつまらない。適当に本を手に取った。全て読んでしまっていた。
そうだ、絵を描こう、と思った。雑渡様の絵を。
今日、お帰りになったら、言ってみよう。絵具が欲しいのです、と。
真っ赤な二十一グラムを描きたいのです、と。
私はさっそくノートと鉛筆をテーブルの上に転がした。自分が世界で一番美しい閃きをしたと思った。歪なハートを描いた。舐めたら鉛筆の味がした。
雑渡様はもっと美しいし、美味だ。彼の指の一本一本を思い出しているうちに陽は傾いていき、なんとか夜を迎えた頃に、私は涙した。
「ただいま、陣左」
そう言って帰ってきてくださるあなたのためなら、首輪でもなんでもつけます。指で首に横一文字を刻んだ。どうか、どうか。
愛してください。愛しています。
時計は二十時を指していた。雑渡様のお帰りは、まだ。
白い錠剤を瓶から取り出し、手のひらに転がした。これが胃の中で溶けるのが早ければ早いほど私は早く救われるのだが、と睨みながら口に放って、水を含む。ごくり、喉の奥で苦みが広がった。
吐き気は治まっていたが、頭痛はまだあった。額を捏ねるように押さえるが、がんがんと眉間を叩くような痛みは和らがなかった。
「一日一粒だよ、陣左。これがお前を楽にしてくれる」
私はそれを、救いだと思った。まやかしではなく、ほんものの言葉だと思った。
医者には「あなたが見たものは幻影だ、そんなものは捨ててしまいなさい」と言われている。医者なんかより、雑渡様のほうがずっと信頼できた。
瓶には何も書かれていない。私はこの薬がなんの薬なのかを知らない。
「う、ぁ、おぇ……っ」
突如襲ってきた吐き気に、慌てて手洗いに駆け込んだ。便器の中へ嘔吐すると、鼻水と涙も一緒に落ちていった。
「ゲホッ、う、ぁあ」
情けない、と思うのはやめなさい、とも医者に言われていた。あなたに必要なのは休息です。
吐瀉物を水で流し、痕跡を消す。ああ、魔法の薬も流れていってしまった。それだけが惜しかった。一日一粒の約束だから、これ以上飲めない。
顔を洗い、口をゆすぎ、何喰わない顔で鏡を見つめた。少し、以前よりこけている気もする。
雑渡様に会いたくなった。まだ陽が高いから、会えない。外に出ることは禁止されている。自分で自分を慰めるのは飽きてしまった。途方もないからだ。
「陣左。魂の重さって知っている?」
雑渡様は昨夜、私の胸を撫でながらそう言った。心臓の重さのことを言ったのかと思ったが、魂そのものの話だった。
「二十一グラムって言われているんだ。陣左のここにある、二十一グラムが、私は愛おしいよ」
そう言って私の首の付け根を強く噛んだ。痛かった、鏡で確認すればしっかりと噛み痕が残っていた。とても嬉しかった。
「そうだ、首輪を買ってあげようか」
雑渡様はそう言って、私のうなじを舐め上げた。舌の生温かさに身震いしていると、私の胸の頂を弾きながら、「それとも、ここがいい?」と訊ねる。
「明日の晩、開けようか。ピアス、買ってきてあげるね。おそろいにしよう」
乳首を摘ままれ、小さく喘ぐと、臀部を叩かれる。私は涙目でこくこくと頷いた。
そうして夜は終わった。朝になれば雑渡様は支度を終えているところで、朝食を一緒に食べ損ねたことを知る。
「それじゃあ、行ってくるからね。いい子で待っていてね」
「はい、いってらっしゃいませ」
キスを交わし、見送った。彼の帰りが遅くなることは分かっていた。
窓から外を見渡す。高層マンションだけあって、視界は広かった。それでも、どこへも行けない、と思った。どこにも行けなくていい、と思った。
雑渡様がいれば、それで。
時計は十五時を指している。テレビはつまらない。適当に本を手に取った。全て読んでしまっていた。
そうだ、絵を描こう、と思った。雑渡様の絵を。
今日、お帰りになったら、言ってみよう。絵具が欲しいのです、と。
真っ赤な二十一グラムを描きたいのです、と。
私はさっそくノートと鉛筆をテーブルの上に転がした。自分が世界で一番美しい閃きをしたと思った。歪なハートを描いた。舐めたら鉛筆の味がした。
雑渡様はもっと美しいし、美味だ。彼の指の一本一本を思い出しているうちに陽は傾いていき、なんとか夜を迎えた頃に、私は涙した。
「ただいま、陣左」
そう言って帰ってきてくださるあなたのためなら、首輪でもなんでもつけます。指で首に横一文字を刻んだ。どうか、どうか。
愛してください。愛しています。
時計は二十時を指していた。雑渡様のお帰りは、まだ。