その他
入学時、我々の学年の生徒は、もっと大勢いた。
一人、また一人と、次第にいなくなっていった。家の都合、心身の都合、進級試験からの脱落。さよならすら言えなかった者もいる。
彼らには彼らの道が、光があるのだと知る。この学園外には、違う生き方があるのだと知る。
私の手元には何が残っている。教科書。戦輪。手裏剣。苦無。
多くの、傷。
進級試験は、下級生と呼ばれる一年生から三年生の間は、比較的簡単だ。授業をしっかり受けてさえ入れば、そうそう落ちることはない。――それでも落ちていった者はいるが。
しかし、三年生から四年生になるための試験から、実戦の課題が加わるため、途端に進級が難しくなる。いくらテスト用の課題だといっても、下手をすれば命を落とすのだ。そのプレッシャーは半端ではなかった。
まあもちろん、この滝夜叉丸がテストに落ちる訳がない。華麗に全ての課題で百点満点をとった。しかしやはり難題で、随分と骨を折ったものだ。喜八郎と三木ヱ門と、その時ばかりは泥まみれで、進級おめでとうと笑い合った。
「へえ、そんな風だったんだね」
守一郎が、ぐいっと上に伸びをした。夜通し、城の見張りをしていた我々は、五年生の先輩方に経過報告をして引き継いで、一同長屋を目指す。
秋が深まり、冬が近づいてきていた。空気が凛と張りつめる感覚は好きだった。先日までの秋雨でぬかるんだ道は、着実に我々の足へ疲労を残す。
けれど、日の出はすがすがしい。地平線が黄色く染まり、天が透き通っていく。広がる水縹色。
「みんな、頑張ってきたんだねえ。この程度で音をあげていられないや」
タカ丸さんが、頬の汚れを袖で拭いながら微笑んだ。守一郎とタカ丸さんは、まだあの過酷な進級試験を経験していない。こうして思い出話と称して過去を語り、二人に自分事であることを自覚してもらう。
「俺、進級できるかなあ」
「するんだよ。できるかなあじゃなくて、するの。一緒に」
喜八郎が守一郎の発言を訂正する。そうか、そうだな、と言って笑う守一郎に、「本当にわかっているのか?」と三木ヱ門は溜息を吐いた。
「私たちが五年生になるなか、お前ひとりだけ四年生をもう一回やりたいのか?」
「そ、それはいやだあ~!」
頭を抱える守一郎。みな疲れているはずなのに、何故だか無言になることはなく、会話は弾んだ。
「俺も、もっとちゃんとしなきゃ。本来なら六年生の歳だもん」
そう言いつつも笑顔を崩さないタカ丸さんは、守一郎より忍者の知識が乏しいスタートだった。それがこんな風に、一緒に忍務をこなせるようにまでなっている。じゅうぶん成長していることを、みな知っている。
くたびれた身体を引きずりながら帰路を辿る。足跡を残さないように、消したり、攪乱させたりしながら。普通の少年の朝の散歩というわけにはいかない。忍者のたまごなのだ。ありふれた足跡は残せない。
我々は、進んでいく。この先の道が闇の中を行く道であっても。手は傷だらけ、足は泥だらけ、それでも、太陽は先を照らしている。
「……綺麗だな」
気付いたら、ぽろっと口から零れていた。
みながきょとんとした顔で、私を見つめていた。
「――あ、いや、私が! 私が、美しいという意味で」
「誤魔化そうったって、もう遅いよ」
喜八郎が、ぽんと私の背中を叩いた。三木ヱ門は「しっかり聞こえていたぞ」と苦笑する。
仕方ない。観念しよう。私は彼らを見渡して、このどうしようもない愛しさを、隠さないことにした。
だって、どうしたって、いま目に見えている世界は、輝いていて、眩いのだから。
「……私たち全員、生きて卒業しような」
その先の世界が、血に塗れていたとしても。
光に溢れた、水縹色の空。私は傷だらけの手を握りしめた。
友だ。私には、友がいる。
教科書。戦輪。手裏剣。苦無。隣に並ぶ、愛しい息遣いたち。
守一郎が、「腹減ったあ!」と大声で言うのを、みなで制しつつ同意する。
朝を迎えた忍術学園は、きらきらとしていた。おばちゃんがそろそろ、かまどに火を起こす頃だろうか。
一人、また一人と、次第にいなくなっていった。家の都合、心身の都合、進級試験からの脱落。さよならすら言えなかった者もいる。
彼らには彼らの道が、光があるのだと知る。この学園外には、違う生き方があるのだと知る。
私の手元には何が残っている。教科書。戦輪。手裏剣。苦無。
多くの、傷。
進級試験は、下級生と呼ばれる一年生から三年生の間は、比較的簡単だ。授業をしっかり受けてさえ入れば、そうそう落ちることはない。――それでも落ちていった者はいるが。
しかし、三年生から四年生になるための試験から、実戦の課題が加わるため、途端に進級が難しくなる。いくらテスト用の課題だといっても、下手をすれば命を落とすのだ。そのプレッシャーは半端ではなかった。
まあもちろん、この滝夜叉丸がテストに落ちる訳がない。華麗に全ての課題で百点満点をとった。しかしやはり難題で、随分と骨を折ったものだ。喜八郎と三木ヱ門と、その時ばかりは泥まみれで、進級おめでとうと笑い合った。
「へえ、そんな風だったんだね」
守一郎が、ぐいっと上に伸びをした。夜通し、城の見張りをしていた我々は、五年生の先輩方に経過報告をして引き継いで、一同長屋を目指す。
秋が深まり、冬が近づいてきていた。空気が凛と張りつめる感覚は好きだった。先日までの秋雨でぬかるんだ道は、着実に我々の足へ疲労を残す。
けれど、日の出はすがすがしい。地平線が黄色く染まり、天が透き通っていく。広がる水縹色。
「みんな、頑張ってきたんだねえ。この程度で音をあげていられないや」
タカ丸さんが、頬の汚れを袖で拭いながら微笑んだ。守一郎とタカ丸さんは、まだあの過酷な進級試験を経験していない。こうして思い出話と称して過去を語り、二人に自分事であることを自覚してもらう。
「俺、進級できるかなあ」
「するんだよ。できるかなあじゃなくて、するの。一緒に」
喜八郎が守一郎の発言を訂正する。そうか、そうだな、と言って笑う守一郎に、「本当にわかっているのか?」と三木ヱ門は溜息を吐いた。
「私たちが五年生になるなか、お前ひとりだけ四年生をもう一回やりたいのか?」
「そ、それはいやだあ~!」
頭を抱える守一郎。みな疲れているはずなのに、何故だか無言になることはなく、会話は弾んだ。
「俺も、もっとちゃんとしなきゃ。本来なら六年生の歳だもん」
そう言いつつも笑顔を崩さないタカ丸さんは、守一郎より忍者の知識が乏しいスタートだった。それがこんな風に、一緒に忍務をこなせるようにまでなっている。じゅうぶん成長していることを、みな知っている。
くたびれた身体を引きずりながら帰路を辿る。足跡を残さないように、消したり、攪乱させたりしながら。普通の少年の朝の散歩というわけにはいかない。忍者のたまごなのだ。ありふれた足跡は残せない。
我々は、進んでいく。この先の道が闇の中を行く道であっても。手は傷だらけ、足は泥だらけ、それでも、太陽は先を照らしている。
「……綺麗だな」
気付いたら、ぽろっと口から零れていた。
みながきょとんとした顔で、私を見つめていた。
「――あ、いや、私が! 私が、美しいという意味で」
「誤魔化そうったって、もう遅いよ」
喜八郎が、ぽんと私の背中を叩いた。三木ヱ門は「しっかり聞こえていたぞ」と苦笑する。
仕方ない。観念しよう。私は彼らを見渡して、このどうしようもない愛しさを、隠さないことにした。
だって、どうしたって、いま目に見えている世界は、輝いていて、眩いのだから。
「……私たち全員、生きて卒業しような」
その先の世界が、血に塗れていたとしても。
光に溢れた、水縹色の空。私は傷だらけの手を握りしめた。
友だ。私には、友がいる。
教科書。戦輪。手裏剣。苦無。隣に並ぶ、愛しい息遣いたち。
守一郎が、「腹減ったあ!」と大声で言うのを、みなで制しつつ同意する。
朝を迎えた忍術学園は、きらきらとしていた。おばちゃんがそろそろ、かまどに火を起こす頃だろうか。