その他

 今日は所属劇団・劇団黄昏の、ワークショップ体験会の日だった。演出家もとい、ワークショップ講師の雑渡さんのアシスタントとして、私と尊奈門が入る。受付を担当していると、新しい顔ぶれもあれば、何度か共演したことのある人もいて、挨拶を交わす時につい会釈をしてしまう。
 区が運営している会館の、A会議室。机と椅子を端に寄せ、時間になると全員で雑渡さんの方を向いた。
「今日は、いろんな手遊びをやってみるくらいのつもりでね。オーディションではないので」
 経験者はその言葉にリラックスし、それでも初参加の人々は緊張の顔を見せた。雑渡さんは全体を見渡し、まずは、と指示を出す。
「数を数えていこう。輪になって、陣左と尊奈門、対面に入って」
 全員で大きな輪になり、私と尊奈門が間に入る。我々と数名の経験者は、これから何をするのかを察していた。
「1からスタートね。右の人に回すときは、右手の親指を額に付けて、右に倒して。左の人に回す時は、左に倒して。5の倍数の時はジャンプするんだ」
 私からスタートだ。1、と言いながら、右に手のひらを倒す。そこから数字が紡がれていった。いつものことだが、5の倍数のジャンプを忘れてしまう者が多く、そのたびに1からやりなおしとなる。
「50までいってみよう」
 ある程度数字が大きくなるにつれ、緊張が高まる。それに比例して、参加者に笑顔が見られるようになった。いいウォーミングアップになったようだ。
「50!」
 尊奈門がそう言いながらジャンプをし、参加者一同、大きく息を吐いた。自然と拍手が沸き起こる。雑渡さんもそれに合わせて拍手をする。いままでの経験からいうと、なかなかに良いタイムだったのではないだろうか。 
「いいチームワークだったね。今度はペットボトルを回そうか。陣左、尊奈門」
 人数を半分に分け、二つの輪をつくる。私と尊奈門は二つのグループのそれぞれに入り、手で虚空を掴んだ。
「何が入ってる? どのくらいの重さ? 隣の人のをそのまま受け取ってね」
 私はコーラの600mℓを想像し、その重さを手で受け止めた。激しく持つと泡立ってしまう。そっと、ゆっくり、左隣の人に渡した。
 左隣の人は、ワークショップ参加がはじめてだと言う。舞台経験もなさそうだ。受け取った虚空をどうしたらよいか悩んでしまった。虚空は随分軽そうだった。
 その隣にいるのは、山本陣内だった。この劇団黄昏にも何度も出演している。以前、私と親子の役を演じたことがあり、それ以来とても親しくしていただいている。
 山本は虚空を受け取ると、少し重みを受けた動きをした。私の虚空とおそらく同じ重さを形作っている。新人にわかりやすいよう、何度も持つ部分を変えて、ペットボトルを立体的に浮かび上がらせていた。本来であれば私の役目だ。さりげなく助けられてしまった。
 そうして浮かび上がった虚空のペットボトルが、また隣へ運ばれていく。私たちはその行為を、二周続けた。
「お疲れ様。陣左、尊奈門、中身を教えてあげて」
 私たちが同時にコーラだと言ったものだから、参加者から笑いが起きた。「振っちゃったよ!」という声や、「お茶かと思った!」という声。だいぶ打ち解けてきたようだ。
「じゃあ、次は歩いてみようね」
 雑渡さんは床に目印を置きながら、ここからここまで、と大きな四角を示した。
「陣左のチームの人、この四角のなかを歩いて。ぶつからないようにね」
 私たちは歩いた。まっすぐ歩いたり、蛇行したり。四隅を狙ったり、右回りにこだわったり、人それぞれだった。
「では、難しいことを言うよ。その床は、真ん中に支えの棒があるだけで、空中に浮いています。床が傾いてしまわないように、全体のバランスをとりながら歩いてください。立ち止まらないで」
 途端に、歩いている皆が慎重になった。人のいない空間に行こうとすると、それが連なって、全員で右回りに動くだけになってしまったりする。バランスを取るというのは、なかなかに難しい。
「ストップ。床が平行になっているのを100%とすると、今、何パーセント? 陣左」
「58%です」
「オーケー。100%を目指してね、みんな」
 そこから、私のチームと尊奈門のチームで五分ずつほど、四角の中を歩いた。これは全体を見渡す練習になるが、ベテランぞろいの場でやると、常に100%と誰もが答える状況を拝見できたりするので、奥深い。
 全員ほどよく汗をかいていた。ワークショップが始まってから、一時間ほどが経過していた。緊張も解け、身体もあたたまり、どんな人が参加しているのかを、お互いがだいたいわかってきた頃合である。
 ここからは、声や身体の使い方の指導に変わっていく。私は床を軽く掃除し、雑渡さんに準備完了の合図を送った。
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