その他

 無敵になれたらなあと思わないこともないけれど、それはそれで平坦で味気のない日常になりそうだなあ、と思う。
 手ごたえがあったほうがいい。悩みのない人生なんて人生と言えない。
「まあ、立花先輩も同じ意見だろうなあと」
「……違いないが、なんだ、突然」
 僕は今、六年い組の部屋で勝手にくつろいでいる。潮江先輩は用事でどこかにでかけていらっしゃるようだ。立花先輩の横顔を見る。
「試練を乗り越えてこそ生きる意味があるものだって、立花先輩が以前おっしゃったんですよ」
 一年生の頃、泣きじゃくる僕にそう言った。当の本人は素知らぬ顔をしているが、僕は覚えている。
「喜八郎、手を見せてごらん」
 言われるがまま手を差し出した。先輩はしげしげとそれを見る。
「豆がたくさん潰れている。努力の証だ。美しいよ、生きている証拠だ」
 先輩がそうおっしゃるのなら、そうなのだろう。己の手を美しいと思ったことはないけれど、先輩のまなざしは随分美しかった。
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