二は(時友・羽丹羽)
時友くんが朝のランニングに行っている間に、トーストを焼いていました。
わたしは今朝の貧血がひどく、ランニングについていけなかったのです。悔しいけれど、この期間は仕方がありません。無理をして倒れる方が周りに迷惑をかけます。白湯でお腹をあたためながら、ジャムとマーガリンを用意します。今日はブルーベリー。ころんとした瓶がかわいくて好きです。
ヨーグルトを皿に移して、はちみつをたらして、小さなスプーンを添えます。ランチョンマットは黄色のギンガムチェック、私のお気に入り。こういう時は少しでも気分をあげることが大切です。
トーストが焼けました。マーガリンをむらなく塗ろうとしていると、ドアががちゃがちゃ言う音が聞こえます。時友くんが帰ってきました。
「ただいまあ」
「おかえりなさい」
時友くんはさっとシャワーを浴びて、着替えをして、わたしを軽く抱きしめます。お湯を浴びた直後の匂いって、ほかほかで面白いです。
さあ、一緒に座りましょう。ブルーベリーの紫色が瑞々しくて綺麗です。
「いただきます、用意ありがとう」
「いいえ。うふふ」
時友くんの朗らかな笑顔を見ていると、腹痛が和らぐ気がします。さく、とトーストを噛みしめれば、じゅわ、とマーガリンの塩味が広がりました。追って、ジャムの甘味、酸味。口の中がパーティーみたい。鬱々としていた気分が晴れていきます。
「体調は大丈夫?」
「ええ、起きた時よりだいぶまし。ご飯を食べ終えたら、薬を飲みます」
「そうしようねえ、今日はゆっくり過ごそうねえ」
マグカップにたっぷりと注いだ牛乳を、少しずつ飲むわたしと、がぶがぶと飲む時友くん。口の周りに白いヒゲがついているのをお互いに指摘し合って、からから笑いました。
「ぼくねえ、ブルーベリージャムのトースト、だいすき」
「わたしもです」
「はちみつをたらしたヨーグルトも、牛乳も、だいすき」
「わたしもです」
「羽丹羽ちゃんが、だいすきなんだよ」
いけない、思わず目の前に太陽が現れたのかと思い、目を細めてしまいました。明るすぎて眩しすぎて、その笑顔に、この期間限定の悲しみや憎しみ、そういったマイナスの芽がしぼんでいきます。
「わたしだって、時友くんのこと、だいすきなんですよ」
「うふふ、両思いだねえ、ぼくたち」
ヨーグルトを掻き回しながら、唄うようにそう言った時友くんのやさしさに、こころがじんわりとしました。朝からこんなにしあわせでよいのでしょうか。
女性ホルモンは、一生の内で、ティースプーン一杯分しか出ないと聞いたことがあります。たかがその程度の量のものに、わたしたちは振り回されているという、理不尽な不幸。それを、泣くのを堪える夜もあれば、怒鳴り散らしてしまう昼もあるわけで。わたしのこの、かけがえのない日常は、なによりもの特効薬です。はちみつのやわらかな甘みが舌の上を転がります。
「ねえ、あとで髪を梳いてあげる」
「わたしも」
黄色のランチョンマット、ころんとした瓶、わたしのお気に入りたち。
皿を二人で洗ったら、お薬を飲んで、あとは、時友くんにもたれかかって座る一日としましょう。
貧血で少しくらくらするけれど、その視界の向こうで時友くんが笑うのが、とてもとても美味しい朝食の時間でした。
わたしは今朝の貧血がひどく、ランニングについていけなかったのです。悔しいけれど、この期間は仕方がありません。無理をして倒れる方が周りに迷惑をかけます。白湯でお腹をあたためながら、ジャムとマーガリンを用意します。今日はブルーベリー。ころんとした瓶がかわいくて好きです。
ヨーグルトを皿に移して、はちみつをたらして、小さなスプーンを添えます。ランチョンマットは黄色のギンガムチェック、私のお気に入り。こういう時は少しでも気分をあげることが大切です。
トーストが焼けました。マーガリンをむらなく塗ろうとしていると、ドアががちゃがちゃ言う音が聞こえます。時友くんが帰ってきました。
「ただいまあ」
「おかえりなさい」
時友くんはさっとシャワーを浴びて、着替えをして、わたしを軽く抱きしめます。お湯を浴びた直後の匂いって、ほかほかで面白いです。
さあ、一緒に座りましょう。ブルーベリーの紫色が瑞々しくて綺麗です。
「いただきます、用意ありがとう」
「いいえ。うふふ」
時友くんの朗らかな笑顔を見ていると、腹痛が和らぐ気がします。さく、とトーストを噛みしめれば、じゅわ、とマーガリンの塩味が広がりました。追って、ジャムの甘味、酸味。口の中がパーティーみたい。鬱々としていた気分が晴れていきます。
「体調は大丈夫?」
「ええ、起きた時よりだいぶまし。ご飯を食べ終えたら、薬を飲みます」
「そうしようねえ、今日はゆっくり過ごそうねえ」
マグカップにたっぷりと注いだ牛乳を、少しずつ飲むわたしと、がぶがぶと飲む時友くん。口の周りに白いヒゲがついているのをお互いに指摘し合って、からから笑いました。
「ぼくねえ、ブルーベリージャムのトースト、だいすき」
「わたしもです」
「はちみつをたらしたヨーグルトも、牛乳も、だいすき」
「わたしもです」
「羽丹羽ちゃんが、だいすきなんだよ」
いけない、思わず目の前に太陽が現れたのかと思い、目を細めてしまいました。明るすぎて眩しすぎて、その笑顔に、この期間限定の悲しみや憎しみ、そういったマイナスの芽がしぼんでいきます。
「わたしだって、時友くんのこと、だいすきなんですよ」
「うふふ、両思いだねえ、ぼくたち」
ヨーグルトを掻き回しながら、唄うようにそう言った時友くんのやさしさに、こころがじんわりとしました。朝からこんなにしあわせでよいのでしょうか。
女性ホルモンは、一生の内で、ティースプーン一杯分しか出ないと聞いたことがあります。たかがその程度の量のものに、わたしたちは振り回されているという、理不尽な不幸。それを、泣くのを堪える夜もあれば、怒鳴り散らしてしまう昼もあるわけで。わたしのこの、かけがえのない日常は、なによりもの特効薬です。はちみつのやわらかな甘みが舌の上を転がります。
「ねえ、あとで髪を梳いてあげる」
「わたしも」
黄色のランチョンマット、ころんとした瓶、わたしのお気に入りたち。
皿を二人で洗ったら、お薬を飲んで、あとは、時友くんにもたれかかって座る一日としましょう。
貧血で少しくらくらするけれど、その視界の向こうで時友くんが笑うのが、とてもとても美味しい朝食の時間でした。