二は(時友・羽丹羽)

 部屋にも庭にも時友くんがいないので、教室を覗きに行ってみました。時友くんはやっぱりそこにいて、机に向かって手を動かしています。予習でしょうか、復習でしょうか。宿題をやるのを忘れてしまったのでしょうか。何にせよ、こんな夜なのですから、部屋でやればいいのに。ぼくが何かお邪魔だったでしょうか。
「時友くん」
「やあ、羽丹羽くん」
「何をしているのですか」
 時友くんの手元を見ると、テスト用紙を折り曲げています。時友四郎兵衛、の横に、赤ペンで四十九点と書いてあります。
「紙をね、四十二回折ると、月に届くのだって」
「……そうなんですか」
 時友くんは、紙のはじとはじを合わせて、丁寧に丁寧に折り目を付けています。二回、三回と折ったところで、ふうと溜息をついていました。
「何度やっても、四十二回折れないんだあ。月までは遠いなあ」
「……月に、行きたいのですか」
 時友くんは、窓の外をうっとりと見つめていました。満月が空に浮かんでいます。月光が時友くんの頬を濡らしていました。時友くんはぽつりと言葉を零します。
「……帰りたいんだあ」
 ぼくはそれになんと答えていいかわからず、一緒に月を見上げます。月にはウサギがいると言います。ここからでは見えません。
「……帰りましょう」
 ぼくは時友くんの手を握りました。ぼくたちが帰るのは長屋です。二人きりの部屋です。月なんかじゃありません。
 月に見染められないうちに、早く。時友くんを揺り起こしながら、ぼくは月を睨みました。
 絶対に渡しませんから。
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