その他

「七松先輩! 桜の枝は折れやすいから木登りは危険ですよう!」
「細かいことは気にするな!」
「気にしてください!」
 昨日の体育委員会の活動後、七松先輩は突如思いついたように「お花見に行こう」と言い出した。ぼく以外の学年は、みな実習や補修などで来れなくなってしまったため、ぼくと七松先輩の二人きりでのお花見だ。
 桜の花びらが風に舞って、渦が出来ている。ぼくはその中心に飛び込むのが好きだ。風が吹くと、あっちにもこっちにも渦が出現するから、追いかけるのに必死だ。うまいこと渦の中心に立てると、桜がぼくのまわりをワッと回って、まるでぼくが春を司る主になったような気分になる。
 木から降りてきた七松先輩は、桜の中心からぼくを掬い上げると、ひょいっと肩車をした。ぼくは一気に視界が高くなり、桃色の視界にきゃあと歓声をあげる。
「このまま走るか!」
「それじゃお花見じゃなくて鍛錬ですう! わあっ」
 花びらが沢山降り注いで、雨みたいだった。七松先輩は桜の木々の間をくるくると走り、一年分の桜を浴びていた。ぼくは口の中に入ってくる花びらを必死にぺっぺっと吐き出しながら、七松先輩の頭にしがみつく。
「ねえ、七松先輩」
「なんだ、四郎兵衛」
「こんなに綺麗な桜なのに、根本には死体が埋まってるって本当ですか?」
「……どこでそれを?」
 どうせ、ただの迷信なのだろうけど、ぼくは気になって仕方がない。羽丹羽くんが言っていた。桜の下には死体が埋まっていると。ぼくは不気味だと思ったけれど、桜はあまりにも美しくて、何か秘密があるんじゃないかと思った。
「……掘ってみるか?」
「え、ええっ」
 七松先輩はぼくを降ろして、苦無を取り出した。ぼくは一気に恐ろしくなってしまい、口を噤む。
「ほら。四郎兵衛も」
 七松先輩の隣にしゃがみ、おそるおそる苦無を取り出した。ぼくの震える手を七松先輩が包み込み、二人で一緒に穴を掘る。さく、さく、土は軽い。
 あっというまに、地面はぽっかりと口をあけた。そこにはもちろん何もなく、虚空だけが広がっていた。わかっていたことなのに、ぼくはへなへなとしりもちをついた。動悸で手が震える。
「な、四郎兵衛。桜は立派に一人でたっているんだ。恐れることなどなにもない」
「ひゃ、ひゃい……」
 七松先輩はぼくを抱きしめた。桜が二人の頭上にふりそそぐ。よかった、これが血の雨でなくて、よかった。ぼくはほっとして力が抜けて、七松先輩にしがみついた。
「さ、あっちの丘でおにぎりを食べよう!」
「はい!」
 ぼくは手に付いた土と、身体中に引っ付いていた桜の花びらを払って、七松先輩を見上げた。七松先輩は振り返っていて、何か一点をじっと見つめていた。先輩の視線の先を追っても、桜の木しかない。
「先輩? どうしたんですか?」
「……ははは。なんでもない」
 大きな声を出した先輩は、ぼくの手をとって歩き出した。いけいけどんどん、いけいけどんどん。二人で歌いながら、桜の中を歩いていく。来年、先輩はもういない。ぼくが後輩たちの手をとって、一緒に穴を確かめねばならない。
 先輩はまた立ち止まって、一点を見つめた。ぼくは呑気に、先輩の手を引っ張る。そんなとこ、なにもないですよ。さっき一緒にみたじゃないですか。
 春の風が舞った。ぼくは大きく息を吸った。羽丹羽くんに教えてあげなくちゃ。桜の下には何もなかったよって。
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