恋する十二カ月


猪名寺乱太郎×ユキ


「失礼しまーす」

「あれ、ユキちゃん。どうかした?」

スッと医務室の襖を開けると、爽やかな伊作の笑顔が出迎えてくれた。ユキは軽く頭を下げて辺りを見回してから部屋に入る。

「……えっと、乱太郎いますか?」

「乱太郎?…ん~っと、今日は当番じゃないからここには来ないかな」

伊作は奥にある机から帳簿のような綴りを取り出して、パラパラめくると自身も確認しながらユキに伝えた。

「……そう、ですか。なら他を探してみます」

「ごめんね」

「やだ、なんで善法寺先輩が謝るんですか」

申し訳なさそうに眉根を下げた伊作に、ユキは慌てて言葉を返す。それから礼を伝え医務室を出る。




「……はあ。まったく、どこに行ったのよ」

あてもなく廊下を歩き続けていたが、足を止め柱に寄り掛かりユキはため息をついた。

(まあ、別に約束とかしてたわけじゃないけどさ)

今日は特別な日なのにと、ユキは手にしていた小さな包み紙をギュッと強く握った。この日の為に何度も何度も失敗しながら、昨日やっと納得のいくものが完成したものだ。

二月十四日の今日は、『ばれんたいんでー』という日らしい。南蛮ではこの日に、想いを寄せる男女がお互いに贈り物をする日なのだとおシゲから聞いたのに。

「……べつに、ちょっとからかってあげるつもりだし。なんかお返しも貰えるとか聞いたし。そんな変な意味とかじゃないし、べつに」

ブツブツと呟きながら指先に目を落とす。いくつかの小さな火傷ではあるが、膏薬を巻かれたところはまだ痛んだ。加えて用事がある目的の人物に会えない惨めさが重なって、余計に痛むように思えて堪えるようにキュッと唇を噛む。




「……あれ、ユキちゃん?」

ハッと肩を震わせた。顔を上げをて振り返れば、怪訝そうにこちらを見つめる瞳と視線がかち合う。

「乱、太郎」

「こんな所にしゃがみこんでどうしたの?…まさか具合悪い?!」

「ちっ、違うわよ!違うってば!」

大変だといわんばかりに表情を険しくさせ、ユキの手をとって医務室へと導こうとする乱太郎を制する。

「ちょっと探し回って疲れてただけだから、大丈夫よ!」

嗜めるようなユキの声に、乱太郎は上から下まで何度も確認するように見つめる。確かに何もないようだと分かったようで、安堵の息を吐いた。

「…そう、何を探してたの?」

「あんたよ!ア・ン・タ!!」

えっ、私を?と言わんばかりの表情をする乱太郎に、ユキは物凄い形相で詰め寄る。

「…どこにいたのよ」

「えっと…学園長に頼まれてきり丸としんべヱと一緒に金楽寺の和尚様のところにちょっと…」

あまりの凄みに乱太郎は仰け反りながら答える。まったく、とため息をつきユキは小さな包み紙を差し出す。

「あの、ユキちゃん…これは?」

「早く受け取りなさい!」

「はいっ!」

ユキから素直に受け取るも恐々しながらそれを見つめる。なんだか甘い匂いが鼻をくすぐる。

「別に爆発なんてしないわよ」

「あははは……ありがとう」

念を押すように伝えるユキに、乱太郎は苦笑いをしつつ場を取り繕う。

じゃあそれだけだから、ユキはその場を立ち去ろうとぐるりと背中を向ける。
本当は『ばれんたいんでー』の贈り物なのよ、乱太郎に渡したくて私、探したんだからね!と素直に言えたらいいのに、面と向かうとこういう事がうまく出来ない。




「ユキちゃん待って」



振り向くと乱太郎はユキが渡したものとは違う包み紙を渡してきた。
中を見ると綺麗な花の形をした生菓子が一つ入っている。

「これ、頼まれ事の帰りに買ったんだ。しんべヱが美味しいって教えてくれた店だから、折り紙付きだよ!」

お返し、とはにかんだ笑みを向けると、ユキはウッと小さ唸るような声を漏らしてそっぽを向きながら、素っ気なく「ありがとう」と呟く。

表情は分からなかったが、赤く染まったユキの耳朶を見て、乱太郎は素直じゃないんだからと呆れつつ、より一層口元を引き上げた。







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「見て、見て!これ乱太郎から貰ったのよ!!」

ドタバタと慌ただしく自室に入るや否や、ユキは歓喜の声をあげながらトモミとおシゲに生菓子を見せつけた。

まったく乱太郎が『ばれんたいんでー』だからどーしても貰ってほしいのなんのって言うからしょーがなくね……と、聞いてもいない事をペラペラと話し出す。



(……おシゲちゃん、これは見せない方がいいわね)

(…トモミちゃん、こんなに喜んでいるユキちゃんに見つかったらどーなるか……絶対に死守しましょう)

二人は矢羽音を使いながらニコニコと話を聞く。
その後ろにはユキが見せつけている生菓子と同じものが隠されていた。





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「…乱太郎、それは何かの薬かい?」

「……たぶん、ボロボロになったボーロみたいです、ね」

医務室で訝し気に尋ねる伊作を横目に、乱太郎は不運にも粉と化したボーロを薬を飲むように口に含み、熱いお茶で流しこんでいた。






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