一幕『春風の帳』
何か……いや、人だ。人の手に足を掴まれ、僕は咄嗟に後ずさった。
その手はするりと僕の足から地面へ落ちる。そしてピクリとも動かなくなった。
ほんの少しの恐怖感と襲ってこない安心感からか、崩れるように座り込む。
目先にあるのは人の腕だ。先ほどまで動いていた、人の腕だ。
これは……助けた方がいいのだろうか。いやでも、これで悪い人だったら……。
「まあその時は叩けばいっか……」
少々吹っ切れつつ腕に近づく。無理に引っ張っていいものなのだろうか。
白い肌に細い指をしていたから最初は気づかなかったけど、よく見てみればどうやら男性の腕みたいだ。道に迷ったのだろうか。
「えっと……引っ張りますよ?」
確認のために手を突く。するとその手はピクリと動き、僕の手を弱々しく掴んできた。
どうやらまだ意識はあるみたいだ。
「引っ張っていい……ってことでいいんですよね?」
「…………」
返事はないが掴まれっぱなしだったのでその腕を軽く引っ張った。
茂みから出てきたのは、全体的にボロボロになっている男性だ。灰色の髪を薄紫の髪飾りで一つにまとめており、顔の片側を覆い隠すように包帯が巻かれている。いかにも怪しげな……いや、怪我人なのかな。
男はゆっくりと目を開ける。そしてその薄赤色の瞳を僕に向けた。
「……違う」
「はい?」
男はぼんやりとした顔で僕の顔をじっと見てくる。
「……あの、違うって何が違うんですか」
「え……?あいや。クマじゃないんだって……」
「はぁ!?」
なんだこの男。助けてくれてありがとうの一言もない上に"クマじゃないんだ"ですって!?
「そこは"助けてくれてありがとう"でしょ!?」
「いってぇ!」
思わず手が出た。ハッと目を覚ました男はパチパチと瞬きをする。
「いきなり暴力振るうことないだろ!」
「急に僕の足掴んできた上に人のことクマ扱いする方が悪い!!!」
「え?そんなことしてた?」
無意識にやっていたのかわざとそう言ってるのかわからないが、いずれにしても癪に障る。
でもこんな包帯してまで怪我してる人に手を出したのは反省しなきゃいけないな……。
「まあそれはともかく……さっきは叩いてすみません」
「そうそう。謝れて偉いね〜」
なんだこいつ……初対面相手に小馬鹿にしたような発言をするやつなのか?
「というかここどこなんすか?」
「アサギ森……の果樹園ですけど」
「そっかそっか。じゃあ俺はこれにて」
そう言って男はふらふらと立ち上がり、どういうわけか来た道に足を向けた。
「ちょっと!?出口は逆ですよ!」
「え?あー、ごめん。俺森の奥に用があるんだよねー」
「そんな怪我で森の奥にいくのは危ないですから!とりあえずまず手当しに街に戻りませんか!?」
「……あ〜、ついていきたいならそう言えばいいのに〜」
「そんなこと一言も言ってませんが!?」
男は楽しそうに笑いながら森の奥へ歩きだす。その足取りはどこかおぼつかない。
「はぁ……迷ってまた同じこと起こっては困るので仕方なくついていってあげます。……危なくなったらすぐに街に連行しますので」
木のそばに荷物を置き、護身用にとそばに置かれていたシャベルを手に持つ。少し重いシャベルを引きずりながら、男の元へと歩み寄る。
「あれ、本当についてくるんだ。森の奥って危ないんじゃなかった?」
「僕はヒョロそうな見た目のあなたと違ってちゃんと力はあるんでね」
「嫌味ったらしい言い方だな〜。子供はとっとと帰った方がいいですよ〜?」
「さっきから本当に失礼ですね。子供だと思って舐めてかかっちゃいけませんよ?」
「あっそう」
小馬鹿にした目線を向けられた。本当に失礼な人だな。
「まいっか。ついて来たかったら勝手についてきてね〜。あ、念のために言っておくけど探検しにいくわけじゃないからね」
「そんなこと言われなくてもわかってます」
僕はどうしてこんな失礼な奴についていくことにしたんだろうか。森の奥へ歩みを進める男の背を恨めしそうに見つめつつ、男の後を追う。
その手はするりと僕の足から地面へ落ちる。そしてピクリとも動かなくなった。
ほんの少しの恐怖感と襲ってこない安心感からか、崩れるように座り込む。
目先にあるのは人の腕だ。先ほどまで動いていた、人の腕だ。
これは……助けた方がいいのだろうか。いやでも、これで悪い人だったら……。
「まあその時は叩けばいっか……」
少々吹っ切れつつ腕に近づく。無理に引っ張っていいものなのだろうか。
白い肌に細い指をしていたから最初は気づかなかったけど、よく見てみればどうやら男性の腕みたいだ。道に迷ったのだろうか。
「えっと……引っ張りますよ?」
確認のために手を突く。するとその手はピクリと動き、僕の手を弱々しく掴んできた。
どうやらまだ意識はあるみたいだ。
「引っ張っていい……ってことでいいんですよね?」
「…………」
返事はないが掴まれっぱなしだったのでその腕を軽く引っ張った。
茂みから出てきたのは、全体的にボロボロになっている男性だ。灰色の髪を薄紫の髪飾りで一つにまとめており、顔の片側を覆い隠すように包帯が巻かれている。いかにも怪しげな……いや、怪我人なのかな。
男はゆっくりと目を開ける。そしてその薄赤色の瞳を僕に向けた。
「……違う」
「はい?」
男はぼんやりとした顔で僕の顔をじっと見てくる。
「……あの、違うって何が違うんですか」
「え……?あいや。クマじゃないんだって……」
「はぁ!?」
なんだこの男。助けてくれてありがとうの一言もない上に"クマじゃないんだ"ですって!?
「そこは"助けてくれてありがとう"でしょ!?」
「いってぇ!」
思わず手が出た。ハッと目を覚ました男はパチパチと瞬きをする。
「いきなり暴力振るうことないだろ!」
「急に僕の足掴んできた上に人のことクマ扱いする方が悪い!!!」
「え?そんなことしてた?」
無意識にやっていたのかわざとそう言ってるのかわからないが、いずれにしても癪に障る。
でもこんな包帯してまで怪我してる人に手を出したのは反省しなきゃいけないな……。
「まあそれはともかく……さっきは叩いてすみません」
「そうそう。謝れて偉いね〜」
なんだこいつ……初対面相手に小馬鹿にしたような発言をするやつなのか?
「というかここどこなんすか?」
「アサギ森……の果樹園ですけど」
「そっかそっか。じゃあ俺はこれにて」
そう言って男はふらふらと立ち上がり、どういうわけか来た道に足を向けた。
「ちょっと!?出口は逆ですよ!」
「え?あー、ごめん。俺森の奥に用があるんだよねー」
「そんな怪我で森の奥にいくのは危ないですから!とりあえずまず手当しに街に戻りませんか!?」
「……あ〜、ついていきたいならそう言えばいいのに〜」
「そんなこと一言も言ってませんが!?」
男は楽しそうに笑いながら森の奥へ歩きだす。その足取りはどこかおぼつかない。
「はぁ……迷ってまた同じこと起こっては困るので仕方なくついていってあげます。……危なくなったらすぐに街に連行しますので」
木のそばに荷物を置き、護身用にとそばに置かれていたシャベルを手に持つ。少し重いシャベルを引きずりながら、男の元へと歩み寄る。
「あれ、本当についてくるんだ。森の奥って危ないんじゃなかった?」
「僕はヒョロそうな見た目のあなたと違ってちゃんと力はあるんでね」
「嫌味ったらしい言い方だな〜。子供はとっとと帰った方がいいですよ〜?」
「さっきから本当に失礼ですね。子供だと思って舐めてかかっちゃいけませんよ?」
「あっそう」
小馬鹿にした目線を向けられた。本当に失礼な人だな。
「まいっか。ついて来たかったら勝手についてきてね〜。あ、念のために言っておくけど探検しにいくわけじゃないからね」
「そんなこと言われなくてもわかってます」
僕はどうしてこんな失礼な奴についていくことにしたんだろうか。森の奥へ歩みを進める男の背を恨めしそうに見つめつつ、男の後を追う。