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一幕『春風の帳』

ドサッ!

背中と頭部に伝わる鈍い痛みで目が覚めた。
朝の柔らかな陽光が自分の顔に射している。

「い……ったぁ〜」

ベッドから落ちるなんてベタなことしてしまった自分を恥じながら、頭を抑える。
日差しからして時刻は朝の8時ほどか。いつもより遅い起床だ。

「やば……今日森に行く日じゃん」

鈍い痛みすら忘れるほど慌てて起き上がり、急いで身支度を始めた。
食卓に置かれたパンをいくつかとって外に飛び出す。
今日はアサギ森で果物を取りに行く日だ。おばさんからそうお遣いを頼まれた。

「イルちゃんおはよう。今日は起きるのが遅かったわね」
「あ、おばさん。おはようございます!あはは……実は変な夢見てベッドから落ちたんですよね」
「あらそうなの。ベッドから落ちるなんてイルちゃんらしいわね〜」
「えー?そうですかー?」

数日前、僕は街の前で気絶していた。そんな僕をおばさんは見つけ、看病してくれた上に家に住まわせてくれたのだ。
そんな彼女に少しでも恩返しがしたいと、今では彼女の手伝いをして生活をしている。

「今日は森で色々採ってきますからね!」
「助かるわぁ。でも、無理しないでね?ザド様が先ほどいらっしゃってね、森に行くときは危ないからすぐに帰ってくるようにっておっしゃっていたわ」
「ザド様が?……わかりました!森の奥まで行かないですぐに帰ってきますね!」
「うん、気をつけてね。あ、パンは持っていったかしら?」
「はい、大丈夫です!いつもありがとうございます!」
「いいのよ。それじゃ、いってらっしゃい」

心配しつつもおばさんは笑顔で手を振った。
僕もそれに手を振って応え、街の外へ赴く。

ミハナダ街の外は新緑の草原が広がり、少し歩いたところにアサギ森がある。
この場所は春のような暖かな気候をしており、空気も澄んでいる。街の近くで日光浴や散歩をする人も時々見受けられる。
正直二度寝に耽りたいが、用事を早く済ませることが優先だ。そんな暖かい誘惑を振りほどきアサギ森へと駆け出した。

「森ってちょっと暗いから苦手なんだよなー……」

森は草原よりも更に静かに、そして仄暗く僕を迎え入れた。
今朝あんな夢を見た矢先の森なのでいつもよりも不気味に感じる。早急に終わらせるために、足早に果物のなる木に向かう。
ぱきりと音を立て割れる小枝に、どこからか聞こえる鳥のさえずり。木々のさざめきに合わせて揺れる木陰。森には看板や道があるため迷うことは滅多にないが、それでも一人で来ると不安な気持ちになってしまう。足早に目的地へ辿りつく。

この森の果物は国が管理しているためいくつでも……というわけにはいかないがある程度は採ってもいいのだ。ほしい分だけを採って、持ってきたカゴに詰めていく。

ザド様が注意をして回っていた影響だろうか。この場所には自分だけしかいないと気づいた途端に静けさがより一層不気味に感じた。

「何か出てきたりとかして……」

そう呟いた途端。

ガサリ

と、何かが動く音が聞こえた。

「え、なに。リスとか?」

でも小動物にしては音が大きすぎる。
音はゆっくりと、次第にこちらに近づいてくる。それに合わせて茂みが揺れる。

「もしかして……クマとか?」

そう口にした瞬間ゾッとした。
もしもあれが本当にクマで、今にも自分に襲いかかってこようとしているのなら──。

「いやいやこんなところにクマなんているわけないじゃんあっはっは」

そう、落ち着け僕。あれはクマなんかじゃない。
クマだったら既に姿が見えてるはずだし、まるで地面を這ってきているのではないかと思うくらいに影も形もない奴がそんなクマなわけ。

ん?地面這ってる?

そう思い視点を下に向けようとした途端──。

「っ!?」

何かが僕の足を掴んだ。
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