二幕『朧月夜の揺籃歌』
「──イルさん?」
はっと我にかえり声の方に振り向けば、スズメが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あ、えっと……」
「……え、えぇ〜!?」
返答に困っているとスズメは驚いた顔をして、
「その絵画、後ろに空間あったんですか!?」
というとこちらに近づいてきた。
その言葉につられて絵画が飾られていた場所に視点を戻すと、確かにそこには四方に切られた小さな空間が存在していた。そして自分が絵画をいつの間にか持っていることにも気づく。
「何年かここで暮らしてたのに初めて知りました……!イルさんすごいです……!旅人の勘というものでしょうか?」
「さ、さぁ……」
不審な行動を好意的に取られたことに少し罪悪感を覚えつつも安堵する。確かにここに空間があったことには驚いたし、好奇心が疼かないといえば嘘になる。
スズメはその空間の中に手を入れると置かれていた一冊の手帳を取り出す。
「手帳、ですね……?」
「結構埃を被ってる……いつのだろう……」
絵画を掛け直し、スズメの淹れてくれたコーヒー(すごく美味しい)を飲みつつ二人で手帳の中身を読む。
それはどうやら旅人の手記のようだった。名前は書かれていない。
ここ3ノ国についての話、起きた出来事、出会い、別れ。さまざまなことが書かれていた。スズメは目を輝かせてその手記を読んでいる。
「す、すごい……こんなものがあったなんて……!知らなかった……」
「みたいですね……?でもところどころに空白がある……」
「あぁ……もしかすると、この世界からいなくなった人たちの名前が書かれていたのでしょうね」
生まれ変わりなどの理由でこの世界からいなくなった人たちは、この世界から存在がなくなってしまうらしい。言われてみれば確かに、空白はどこも人名が入る箇所ばかりであった。名前まで消えるなんて知らなかった。
「この家に住んでいたであろう人もいなくなっちゃった人なんです。私がここにきた時にはすでにこの状態で、誰に聞いても顔も名前もどういう人だったかも覚えていない……というよりは、はじめからそんな人いなかったみたいな話し方をされてましたね」
「へぇ……なんだか寂しいですね」
「そうですね……でもこうして物は残っていますし……あと手記を見る限りだと男の人で画家さんだったんだなって。記録としては残るんですね……ちょっと感動しちゃいました」
みんなが戻ってきたら共有しちゃお、とスズメは上機嫌に手記を棚にしまう。
3ノ国。安らぎと愛情を求める者の国。森林ばかりで迷いやすい。頭上の星空が綺麗でよく見える。安らぎを与えるため、そして悪いものを退けるために日夜子守唄を歌っている。この世界に一本しか存在しない林檎の木が存在する。
……3ノ国はそういう国らしい。
旅人の名前すらも記載がされていない手記の中で、僕はある記述に目を惹かれた。
"完成された■■の絵画は、大層美しい仕上がりであった。特にその青緑の瞳は、本物の瞳と等しく、吸い込まれてしまうほどに心を掴まされてしまう。"
どうやら、あの女性の絵画のことを語っているのだろう。この手記を書いた人物は、相当彼女に惚れ込んでいる様子だった。
……何故、僕は一目見ただけで彼女の絵画に惹かれたのだろうか。名も書かれていない彼女のことを。もしかすると、あの絵画には人の心を掴む力があるのだろうか。
「うーん……」
「どうしましたか?も、もしかしてコーヒー苦かったりとか……」
「あ、コーヒーはとっても美味しいですよ!ちょうどいい苦さと飲みやすさで……」
「そうですか……!お口にあったのなら何よりです!」
スズメはコーヒーを一口飲むと、ポツリと呟いた。
「でもやっぱり心配ですよね……一緒に旅をしていた人たちがいなくなっちゃうなんて」
「うーん……でも意外としぶとく戻ってくると思うのでそこまででは」
「えぇっと……どういう人なのかお聞きしても?」
「あー……片方はウリっていう天使様で……なんというか、ぶっきらぼうな人?かな……今はもう片方を探しに行っています」
「へー……ウリさん……どこかで聞いたことあるような……?」
「3ノ国に詳しそうだったからもしかするとここの人は知ってるのかも……?」
「そこで聞いたのかな……?」
スズメはうーんと頭を捻らせるが、「考えてもわからないものはわからないですからね」と困ったように笑った。
「もう一人の方は?」
「えっと、ニトっていう稀人で、行き倒れてたところを助けたんですけど……」
「えっ稀人?行き倒れ?大丈夫なんですかそれ……」
「あー……うん。僕も最初は思ったんですけど、まあ……最悪なやつなもんで……」
「え?どういうことですか?」
確かに助けてもらったりとかいいところもある。が、それ以上に彼に対する印象がただただ最悪なものだから。
「出会い頭にいきなり足掴まれてクマ呼ばわりされたんです。それはまあ行き倒れもしてたから許したんですけど……その後危ない森に勝手に突っ込んでいくわまた行き倒れされたら困るのでついていったら上から物言われるわ人のこと小馬鹿にしてくるわで散々なんですよ!感謝される時もなんか偉そうで心底ムカつきます!まあ、見つかっても見つからなくてもどっちでもいいというか……」
口から出てくる言葉は全て彼に対する悪評の限りであった。
はっと我にかえり口を塞ぐ。いくら印象が最悪とはいえ言いすぎてしまった。
「で、でもいいところもちゃんとあって──」
悪評を覆そうと話し出そうとした途端、スズメは突然立ち上がりずいとこちらの手を掴んだ。
「それは……なんて最悪な人なのでしょうか!女の子に対して粗暴な扱いをするなんて!」
「え?あ、はい」
スズメの圧に押されてしまった。
ニトに対しての彼女の印象が最悪になった瞬間だった。ニト、ごめん。
「そんな粗暴な人と旅しててさぞかし大変だったでしょう……!その人がいない間はゆっくりと休んでください!」
「あーまあ大変でしたけど……えっと……」
「そうですよねコーヒー飲んじゃったから眠れませんよね私としたことがやってしまいました……ああっでしたら夜の散歩に行きませんか!?気分もリフレッシュするでしょうし!とっておきの場所に連れて行ってあげますよ!」
「えっ、えっと……」
「さぁ行きましょう!」
スズメはそのまま僕の手を掴んだままぐいと歩き始める。
どうやら拒否権はないようだが、別に端から拒否するつもりはないので良しとした。ニトの印象を犠牲にしてしまったことには目を瞑ろう。
「えーと……じゃあ、とっておきの場所まで案内お願いします」
「任せてください!」
ランタンを手に取りスズメは戸を開けた。
ひんやりとした外の空気と異様な静けさを感じながら、ただ彼女に手を引かれる。
はっと我にかえり声の方に振り向けば、スズメが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あ、えっと……」
「……え、えぇ〜!?」
返答に困っているとスズメは驚いた顔をして、
「その絵画、後ろに空間あったんですか!?」
というとこちらに近づいてきた。
その言葉につられて絵画が飾られていた場所に視点を戻すと、確かにそこには四方に切られた小さな空間が存在していた。そして自分が絵画をいつの間にか持っていることにも気づく。
「何年かここで暮らしてたのに初めて知りました……!イルさんすごいです……!旅人の勘というものでしょうか?」
「さ、さぁ……」
不審な行動を好意的に取られたことに少し罪悪感を覚えつつも安堵する。確かにここに空間があったことには驚いたし、好奇心が疼かないといえば嘘になる。
スズメはその空間の中に手を入れると置かれていた一冊の手帳を取り出す。
「手帳、ですね……?」
「結構埃を被ってる……いつのだろう……」
絵画を掛け直し、スズメの淹れてくれたコーヒー(すごく美味しい)を飲みつつ二人で手帳の中身を読む。
それはどうやら旅人の手記のようだった。名前は書かれていない。
ここ3ノ国についての話、起きた出来事、出会い、別れ。さまざまなことが書かれていた。スズメは目を輝かせてその手記を読んでいる。
「す、すごい……こんなものがあったなんて……!知らなかった……」
「みたいですね……?でもところどころに空白がある……」
「あぁ……もしかすると、この世界からいなくなった人たちの名前が書かれていたのでしょうね」
生まれ変わりなどの理由でこの世界からいなくなった人たちは、この世界から存在がなくなってしまうらしい。言われてみれば確かに、空白はどこも人名が入る箇所ばかりであった。名前まで消えるなんて知らなかった。
「この家に住んでいたであろう人もいなくなっちゃった人なんです。私がここにきた時にはすでにこの状態で、誰に聞いても顔も名前もどういう人だったかも覚えていない……というよりは、はじめからそんな人いなかったみたいな話し方をされてましたね」
「へぇ……なんだか寂しいですね」
「そうですね……でもこうして物は残っていますし……あと手記を見る限りだと男の人で画家さんだったんだなって。記録としては残るんですね……ちょっと感動しちゃいました」
みんなが戻ってきたら共有しちゃお、とスズメは上機嫌に手記を棚にしまう。
3ノ国。安らぎと愛情を求める者の国。森林ばかりで迷いやすい。頭上の星空が綺麗でよく見える。安らぎを与えるため、そして悪いものを退けるために日夜子守唄を歌っている。この世界に一本しか存在しない林檎の木が存在する。
……3ノ国はそういう国らしい。
旅人の名前すらも記載がされていない手記の中で、僕はある記述に目を惹かれた。
"完成された■■の絵画は、大層美しい仕上がりであった。特にその青緑の瞳は、本物の瞳と等しく、吸い込まれてしまうほどに心を掴まされてしまう。"
どうやら、あの女性の絵画のことを語っているのだろう。この手記を書いた人物は、相当彼女に惚れ込んでいる様子だった。
……何故、僕は一目見ただけで彼女の絵画に惹かれたのだろうか。名も書かれていない彼女のことを。もしかすると、あの絵画には人の心を掴む力があるのだろうか。
「うーん……」
「どうしましたか?も、もしかしてコーヒー苦かったりとか……」
「あ、コーヒーはとっても美味しいですよ!ちょうどいい苦さと飲みやすさで……」
「そうですか……!お口にあったのなら何よりです!」
スズメはコーヒーを一口飲むと、ポツリと呟いた。
「でもやっぱり心配ですよね……一緒に旅をしていた人たちがいなくなっちゃうなんて」
「うーん……でも意外としぶとく戻ってくると思うのでそこまででは」
「えぇっと……どういう人なのかお聞きしても?」
「あー……片方はウリっていう天使様で……なんというか、ぶっきらぼうな人?かな……今はもう片方を探しに行っています」
「へー……ウリさん……どこかで聞いたことあるような……?」
「3ノ国に詳しそうだったからもしかするとここの人は知ってるのかも……?」
「そこで聞いたのかな……?」
スズメはうーんと頭を捻らせるが、「考えてもわからないものはわからないですからね」と困ったように笑った。
「もう一人の方は?」
「えっと、ニトっていう稀人で、行き倒れてたところを助けたんですけど……」
「えっ稀人?行き倒れ?大丈夫なんですかそれ……」
「あー……うん。僕も最初は思ったんですけど、まあ……最悪なやつなもんで……」
「え?どういうことですか?」
確かに助けてもらったりとかいいところもある。が、それ以上に彼に対する印象がただただ最悪なものだから。
「出会い頭にいきなり足掴まれてクマ呼ばわりされたんです。それはまあ行き倒れもしてたから許したんですけど……その後危ない森に勝手に突っ込んでいくわまた行き倒れされたら困るのでついていったら上から物言われるわ人のこと小馬鹿にしてくるわで散々なんですよ!感謝される時もなんか偉そうで心底ムカつきます!まあ、見つかっても見つからなくてもどっちでもいいというか……」
口から出てくる言葉は全て彼に対する悪評の限りであった。
はっと我にかえり口を塞ぐ。いくら印象が最悪とはいえ言いすぎてしまった。
「で、でもいいところもちゃんとあって──」
悪評を覆そうと話し出そうとした途端、スズメは突然立ち上がりずいとこちらの手を掴んだ。
「それは……なんて最悪な人なのでしょうか!女の子に対して粗暴な扱いをするなんて!」
「え?あ、はい」
スズメの圧に押されてしまった。
ニトに対しての彼女の印象が最悪になった瞬間だった。ニト、ごめん。
「そんな粗暴な人と旅しててさぞかし大変だったでしょう……!その人がいない間はゆっくりと休んでください!」
「あーまあ大変でしたけど……えっと……」
「そうですよねコーヒー飲んじゃったから眠れませんよね私としたことがやってしまいました……ああっでしたら夜の散歩に行きませんか!?気分もリフレッシュするでしょうし!とっておきの場所に連れて行ってあげますよ!」
「えっ、えっと……」
「さぁ行きましょう!」
スズメはそのまま僕の手を掴んだままぐいと歩き始める。
どうやら拒否権はないようだが、別に端から拒否するつもりはないので良しとした。ニトの印象を犠牲にしてしまったことには目を瞑ろう。
「えーと……じゃあ、とっておきの場所まで案内お願いします」
「任せてください!」
ランタンを手に取りスズメは戸を開けた。
ひんやりとした外の空気と異様な静けさを感じながら、ただ彼女に手を引かれる。