二幕『朧月夜の揺籃歌』

しばらく歩くとスズメは一軒の家の前で足を止め、戸を開ける。どうやら彼女の家に着いたようだ。
人一人が暮らすには十分な大きさの家の中は、人が暮らしているという実感が得られるほど明るく暖かかった。

「どうぞ座ってください。ちょうどご飯ができてるので持ってきますね」

スズメが引いた椅子に腰掛ける。スズメはそれを見ると部屋の奥へ向かい、しばらくすると二人分の料理の乗った盆を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれは並々とシチューが入れられている。

「ついいつもの癖で作りすぎてしまって……どうしようって思っていたら、外で声がしたので見に来たらイルさんがいたのです」
「あはは……そういうことだったんですね」
「はい。正直助かりました。ありがとうございます」

彼女は向かいの椅子に腰掛け、手を合わせるとシチューを食べる。僕も後を追うように手を合わせシチューを口に入れた。
ごろごろとした野菜は口の中で優しくつぶれ、シチューの濃厚な味わいが包み込んでくる。

「……美味しい」
「そうですか?ありがとうございます」

スズメはニコリと微笑む。

「それにしても、本当によかった。誰かが戻ってきたんじゃないかって思ったんですけど、そうじゃなくても誰かがいてくれて」
「誰かが……ここの人は誰も戻ってきていないんですか?」
「……はい。いつからか、消えていったのです」
「消えていった?」

スズメは悲しそうに目線を落とす。

「はい……森に入っていった人が、いなくなるんです。探しにいった人も消えて……そうしたら気づいたらこんなに静かになっちゃって」
「……それで、連れて行かれたと」
「……私たちの間ではそういっていますね。でも、探しに行こうにもできなくて。一瞬でも目を離せばすぐに消えちゃうんです。だから、あなたたちの連れの方もきっと……」
「……そっかぁ」

話し終わったスズメはおもむろに立ち上がり、また台所の方へと歩みを進める。

「せっかくのお客さんがいる中で暗い話をするのもダメですね!コーヒー淹れますね。苦いのって大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です」
「わかりました!得意なので楽しみにしていてください!」

そう告げると奥へと消えていった。
初めて入る国の空気感と一時の孤独に慣れず、キョロキョロとあたりを見渡す。
パチパチと音を鳴らす暖炉、窓から見える暗い街並みと星々。挽かれていくコーヒーの音。どれもが僕の五感を刺激していく中で、ふと木製の壁にかけられた絵画の数々のうちの一つと目が合った。

それは女性の人物画だった。木よりも淡い茶を多くあしらった色の中に、特徴的な瞳をした青緑色の目が一際輝いてみえる。
その瞳に引き寄せられるかのように、その絵画の前まで歩みを進める。筆と鉛筆の跡がうっすらと見える位置まで近づいた。だがその瞳から目を逸らすことができない。逸らしたくないとまで思う。
彼女を求めるように絵画に手を伸ばした。
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