二幕『朧月夜の揺籃歌』
「本当にこの道であってんの〜?」
「あってるあってる」
4ノ国を離れ何日か経過した頃、僕たちは3ノ国に足を踏み入れていた。
3ノ国は4ノ国のように若草のしげる国ではない。冬の終わりを告げ、春の色を見せ始める頃合いのような、どこか寂しさを感じる国だ。
「3ノ国ってこんな感じなんだね。なんというか……国っていうよりは、森……?」
「そういう国だからな」
どうやらウリはこの国については詳しいようで、こっちに町があるからと先導してくれている。一歩間違えればすぐに元に戻れなくなりそうなこの森の木々には時折、何かの目印のように切り込みが入っていたり布が付けられたりしていた。
「ねー町ってまだなのー?流石にこの景色見るのも飽きたし疲れたんだけど」
「まだ」
「ニトって黙って歩けないの?」
「それは無理かな〜……って、あ」
ニトは何かに気づいたように前を伺うと、「なんか町っぽいのない?」と指をさした。
そちらをよく見るとそこには確かに建物がいくつか見え隠れしていた。
「言われてみれば町かも……」
「町だな」
「あ、やっぱり?じゃあ早く行こうぜ!俺もう疲れたし!」
「押すな」
「そうだね。この辺りもそろそろ暗くなっちゃいそうだし、早く行こっか」
日が落ち始めあたりに濃い影が落ちる。長旅に疲れた体を休めるために、足早に町の方へと駆け出し、そしてたどり着く。
"スミ"と書かれた看板を掲げた町は想像以上に……いや、異様なまでに閑静であった。
風の音と水の流れる音ばかりで人の声など聞こえない。いや、それどころか人の気配すらない。
「……ね、ねぇ。ここって本当に人が住んでるの?」
「……」
隣にいるウリは不思議そうな顔をしてあたりを見渡している。背後にいるニトはというと、頭を抑えるように片耳を塞いでいた。
「……何?この音」
「音?何それ……」
「聞こえないの?耳鳴りみたいな……すげー頭が痛くなる、不快な、鐘の音、が」
「ニト……?」
ウリもニトの異変に気づいたのか、ニトの顔を覗き込む。
ニトは更に頭痛がするのか、頭を抑えて強く目を瞑った。
「転移……?ニト、お前は今どこを思い浮かべてる?」
「し、知らない……わからない……どこだここ……」
「……そこには何が見える?」
「暗い……見えない……いや、見える?木が一つある……何これ……林檎の木?」
次に瞬きした時には、ニトの姿はそこにはなかった。
まるで何事もなかったかのように、風はそよぎ水が流れる。またいつもの静かな音が戻ってきた。
「ウリ、今のって、何?」
「……まだわからない。が、面倒なことが起こっているのは間違いないかもな」
「……ニトのこと、探しに行かなきゃ」
「いや、お前はここにいろ」
来た道を戻ろうとする僕の腕をウリは掴む。
「日も落ちた中で来たこともない森の中を彷徨えばどうなるかなんてわかってるだろ」
「う……で、でも、ニトは……?」
「ニトが飛ばされたところは大方検討がつく。すぐに連れて帰るから、とにかくお前はこの町にいろ」
「……森に関する地理があっても迷う可能性は全然あるんじゃ」
「……」
ウリは少し考える仕草をとる。
「その時はその時だな」
「何も考えてないんだ」
「遅くて明日には戻ってくる。町の中は安全だから大人しくしてろ」
掴んでいた腕を離してウリは森の中へと姿を消した。完全に孤立してしまった頃にようやく気づいたが、日は完全に落ち切っておりあたりはすっかり暗くなっていたみたいだ。
二人は大丈夫なのだろうか。と心配する心と、自分の不甲斐なさに悔しさを感じる心がある。
「あ、あの……もしかして旅人さんですか?」
不意に背後から声がした。振り返ればそこにはランタンを片手に持った少女が驚いたような表情を浮かべていた。
「え……っと、この町の人、ですか?」
「は、はい……!えっと、とにかく!夜は危ないのでこちらに来てください」
「わ、わかりました」
急いで少女の方へと駆けていく。町に入れば不思議とざわついていた心が穏やかになった気がした。
髪を一つ後ろに結んでいる小柄な少女は、僕がこの町に入ったのを確認すると「こちらです」と背中を向けて歩き出す。
「今、この町には私しかいなくて……なので私の家に案内することになってしまうのですが、それでも大丈夫そうですか?」
「え、ええ……ありがとうございます」
「……ああ、私は"スズメ"と言います。旅人さんは?」
「僕はイルって言います。えっと……あと二人いたんですけど、ちょっと色々あって一人いなくなっちゃって……もう一人が探しに行ってて……」
「……イルさんのお連れ様も連れて行かれちゃったのですね」
「連れて行かれた?」
「詳しいことはまた後で話します」
スズメは寂しそうな顔で微笑んだ後、また正面を向いて歩みを進めた。
改めて見る町の様子は異様なものだった。聞こえるのは風の音、水の音……それ以外には僕たちの足音と揺れるランタンの軋む音だけ。ガス灯のあかり以外の光はなく、この時間帯ならばほのかに香るはずであろう夕食の匂いは一切感じられない。
本当に、この町に住む人全てが連れて行かれたのではないかというくらい、ここには彼女以外の人の痕跡はなかった。
これはニトだけの問題じゃなくて、この国全体の問題なのだろうか。連れて行かれたってどこに?
複雑に混じり合う感情を押し込みながら、閑散とした町の中を歩く。
「あってるあってる」
4ノ国を離れ何日か経過した頃、僕たちは3ノ国に足を踏み入れていた。
3ノ国は4ノ国のように若草のしげる国ではない。冬の終わりを告げ、春の色を見せ始める頃合いのような、どこか寂しさを感じる国だ。
「3ノ国ってこんな感じなんだね。なんというか……国っていうよりは、森……?」
「そういう国だからな」
どうやらウリはこの国については詳しいようで、こっちに町があるからと先導してくれている。一歩間違えればすぐに元に戻れなくなりそうなこの森の木々には時折、何かの目印のように切り込みが入っていたり布が付けられたりしていた。
「ねー町ってまだなのー?流石にこの景色見るのも飽きたし疲れたんだけど」
「まだ」
「ニトって黙って歩けないの?」
「それは無理かな〜……って、あ」
ニトは何かに気づいたように前を伺うと、「なんか町っぽいのない?」と指をさした。
そちらをよく見るとそこには確かに建物がいくつか見え隠れしていた。
「言われてみれば町かも……」
「町だな」
「あ、やっぱり?じゃあ早く行こうぜ!俺もう疲れたし!」
「押すな」
「そうだね。この辺りもそろそろ暗くなっちゃいそうだし、早く行こっか」
日が落ち始めあたりに濃い影が落ちる。長旅に疲れた体を休めるために、足早に町の方へと駆け出し、そしてたどり着く。
"スミ"と書かれた看板を掲げた町は想像以上に……いや、異様なまでに閑静であった。
風の音と水の流れる音ばかりで人の声など聞こえない。いや、それどころか人の気配すらない。
「……ね、ねぇ。ここって本当に人が住んでるの?」
「……」
隣にいるウリは不思議そうな顔をしてあたりを見渡している。背後にいるニトはというと、頭を抑えるように片耳を塞いでいた。
「……何?この音」
「音?何それ……」
「聞こえないの?耳鳴りみたいな……すげー頭が痛くなる、不快な、鐘の音、が」
「ニト……?」
ウリもニトの異変に気づいたのか、ニトの顔を覗き込む。
ニトは更に頭痛がするのか、頭を抑えて強く目を瞑った。
「転移……?ニト、お前は今どこを思い浮かべてる?」
「し、知らない……わからない……どこだここ……」
「……そこには何が見える?」
「暗い……見えない……いや、見える?木が一つある……何これ……林檎の木?」
次に瞬きした時には、ニトの姿はそこにはなかった。
まるで何事もなかったかのように、風はそよぎ水が流れる。またいつもの静かな音が戻ってきた。
「ウリ、今のって、何?」
「……まだわからない。が、面倒なことが起こっているのは間違いないかもな」
「……ニトのこと、探しに行かなきゃ」
「いや、お前はここにいろ」
来た道を戻ろうとする僕の腕をウリは掴む。
「日も落ちた中で来たこともない森の中を彷徨えばどうなるかなんてわかってるだろ」
「う……で、でも、ニトは……?」
「ニトが飛ばされたところは大方検討がつく。すぐに連れて帰るから、とにかくお前はこの町にいろ」
「……森に関する地理があっても迷う可能性は全然あるんじゃ」
「……」
ウリは少し考える仕草をとる。
「その時はその時だな」
「何も考えてないんだ」
「遅くて明日には戻ってくる。町の中は安全だから大人しくしてろ」
掴んでいた腕を離してウリは森の中へと姿を消した。完全に孤立してしまった頃にようやく気づいたが、日は完全に落ち切っておりあたりはすっかり暗くなっていたみたいだ。
二人は大丈夫なのだろうか。と心配する心と、自分の不甲斐なさに悔しさを感じる心がある。
「あ、あの……もしかして旅人さんですか?」
不意に背後から声がした。振り返ればそこにはランタンを片手に持った少女が驚いたような表情を浮かべていた。
「え……っと、この町の人、ですか?」
「は、はい……!えっと、とにかく!夜は危ないのでこちらに来てください」
「わ、わかりました」
急いで少女の方へと駆けていく。町に入れば不思議とざわついていた心が穏やかになった気がした。
髪を一つ後ろに結んでいる小柄な少女は、僕がこの町に入ったのを確認すると「こちらです」と背中を向けて歩き出す。
「今、この町には私しかいなくて……なので私の家に案内することになってしまうのですが、それでも大丈夫そうですか?」
「え、ええ……ありがとうございます」
「……ああ、私は"スズメ"と言います。旅人さんは?」
「僕はイルって言います。えっと……あと二人いたんですけど、ちょっと色々あって一人いなくなっちゃって……もう一人が探しに行ってて……」
「……イルさんのお連れ様も連れて行かれちゃったのですね」
「連れて行かれた?」
「詳しいことはまた後で話します」
スズメは寂しそうな顔で微笑んだ後、また正面を向いて歩みを進めた。
改めて見る町の様子は異様なものだった。聞こえるのは風の音、水の音……それ以外には僕たちの足音と揺れるランタンの軋む音だけ。ガス灯のあかり以外の光はなく、この時間帯ならばほのかに香るはずであろう夕食の匂いは一切感じられない。
本当に、この町に住む人全てが連れて行かれたのではないかというくらい、ここには彼女以外の人の痕跡はなかった。
これはニトだけの問題じゃなくて、この国全体の問題なのだろうか。連れて行かれたってどこに?
複雑に混じり合う感情を押し込みながら、閑散とした町の中を歩く。