一幕『春風の帳』
家の外へ出ても、ウリの姿は見当たらない。
「まあそこまで複雑で広い街でもないし、歩いてたら見つかるっしょ」
と、ニトは能天気に街を歩いているが、心配なので僕はウリを探しながらついていった。
あたりとキョロキョロと見て回ると、突然前を歩いていたニトが立ち止まり、勢い余ってぶつかる。
「いった……ニト、止まるなら止まるって言ってよ!」
「……いや、あれ」
ニトはある一点を見たままちょっと笑いの含まれた声で返した。
多分、ぶつかった僕にじゃなくて見ている先で面白いものがあったのだろう。
僕はニトの後ろから視線の先を見た。
……
「どっか消えたな〜って思ってたらお前……」
と、ニトは小馬鹿にするように笑っていた。
僕たちが見た先には、子供を連れて歩いているウリの姿があった。
そして、合流して今に至る。
ニトを小突きつつウリに話をする。
「今までどこにいたの?」
「……街中。気づいたらこいつが勝手についてきてた」
といって傍にいる子供に視線をやる。
子供は大体10歳ほどの女の子で、ポンチョを羽織り、分厚いフードを被っている。
子供は僕たちの様子を伺うように、ウリの後ろに隠れてこちらを見ている。
「一緒に来ていた両親とはぐれて迷子なんだと」
子供はこくりと頷いた。
「そっか……大丈夫?すぐに見つけてあげるからね」
と、子供に目線を合わせてにこりと話かけた。
子供は少しだけ顔を出してぺこりとお辞儀をする。
「ふふ……それにしてもだよ……ウリが?あのウリが子供に?」
と、一度小突いたのに反省の色もなしで小馬鹿にしている奴がいる。
「……ウリ、行こうか。親御さん探そ」
「そうだな」
そんなニトを置いて街中へと足を運ぶ。
後ろから「ちょっと置いていかないでよ!」というアホの声が聞こえるが気にしない。
探す間に子供に両親の特徴を聞いた。
どうやら両親は商人として各地を転々としているらしく、子供はその付き添いとのこと。商人であるなら見つけるのは容易いだろう。
そう思うものの、歩けど探せど街中にそんな姿はないし、街の人も知らないと首を横に振っていた。
疲れたからと、ひとまず休憩を入れる。
「や〜君の両親見つかんないね〜」
と、ニトは子供の頭を雑に撫でる。
「……何してんの」
「何って休憩だけど」
「いや……いつの間にそんな仲良くなったの」
「いや〜俺ってさ、こう見えて人望厚いんだよ〜!意外でしょ〜?」
と言いながら再度子供の頭を雑に撫でた。
子供は困った感じの笑顔を見せる。
「……ウリ的にはあれはいいの?」
「知らねぇ」
ウリもいつも通りに投げやりになる。
「……このままだと日が暮れちまうから早く見つけたいんだがな」
「置いて帰った!……ってわけではないと思うけどね……うーん」
「いっそのこと置いていってもいいんじゃない?」
「それはダメでしょ」
と、何の進展もない話を続けていると、
「……あの」
子供が口を開いた。
「本当に、ごめんなさい。私が迷子になっちゃったせいでお兄さんたちの時間が……」
「ううん!いいんだよ!困った人がいたら助けなきゃ!ね!」
「俺は別にそうでもないぞ」
「ニトは黙ってて」
子供は困ったように笑った後、続けた。
「私、その。お父さんとお母さんと商人をして旅をしているんですけど、旅先でここまで優しくしてくれる人たちは初めてで……」
「……普段は優しくしてくれないの?」
「……うん。だから、迷子になった時すっごく心細くて、正直お兄さんたちも怖かったんですけど、その。ありがとうございます。こうして一緒に探してくれて、優しくしてくれて」
「……そっか。大変だったんだね」
僕は子供の手を優しく握った。
子供はにっこりと笑い、握り返してくれる。
不意に、ズキリと頭が痛む。そしてぼやけた頭が鮮明になるような感覚がした。
……どこかで、僕は人混みの中に埋もれていた。目線は今よりもとても低く、周りを見渡しても人人人で何も見えない。どよめきしか聞こえない中で、人をかき分けてただ走っていた。
誰かを探している。誰を求めているのかわからないが、僕はただただ誰かを探していた。
疲れ果てる直前に、誰かが僕の手を掴んだ。
と同時に、頭に外からの痛みが走った。
目の前にはこちらを心配そうに見下ろす子供。そして子供の横にいるニトが僕の目の前でパッと手を振った。
「あ、気づいた?なんか急にぼーっとしだしたから何となくデコピンしたんだけど」
そう言われると、額に鈍い痛みを感じ始める。咄嗟に額に手を置いてさする。
「い……ったいじゃん!何してんの!?」
「ぼーっとする方が悪くね?俺なんか悪いことした?」
「そうだとしてもそんな強くやらなくていいじゃん!」
「そんな強くやった覚えはないんだけどね〜」
と、言い争いをしている横で困った顔をしていた子供は「あ!」と声をあげて立ち上がり駆け出した。
「お父さん!お母さん!」
そちらを見れば、子供は二人の男女の元へ駆けつけていた。
三人はしばらく話して、男女は僕たちに顔を向けて安堵の表情を見せる。
「娘を探していた時にあなた達と一緒にいると聞きまして……本当にありがとうございます。一緒に探してもらっていた上によくしてもらっていたみたいで」
「え?いやいや!僕たちが好きでやったことなので!お構いなく!」
「俺は別にッ……」
「見つかってよかったね!ね!」
ニトの口を塞いで言葉を紡ぐ。
三人は「またあった時はお願いします」と言い残し、立ち去っていった。
その姿を見送った後、ウリは口を開く。
「……行くとするか」
「そ、そうだね〜……ニト、余計なことは言わなくていい」
「はいはいわかりましたよ〜。じゃあ、次行きますか」
不貞腐れたニトが立ち上がり歩き出そうとすると、「あ」と何かを思い出したかのように振り返り、期待した眼差しを僕に向けた。
「そういやさっきぼーっとした時何考えてたの?」
「……」
「へ……あ、あれね!そう!僕思い出したんだよね!記憶が!」
「本当?そりゃよかったね」
「うん!……えっと、多分小さい時なんだけど、僕が迷子になって誰かが助けてくれた?って記憶!」
ニトは先ほどの笑顔と打って変わってあからさまにつまらなそうな顔をして歩みを進めた。
「漠然としすぎだし思ってたよりもショボいな。期待して損した」
「ちょっとニト、それは酷くない?」
「……まあ、一個思い出せてよかったんじゃないか?」
「あ、ウリはそう思ってくれるんだ!ニトとは大違いで優しいこと言ってくれるな〜!」
「ちょっとイル酷くなーい?」
「君にだけは言われたくないでーす!」
ニトと距離を置いて歩きながら、側にいるウリに話しかけた。
「次は3ノ国に向かうんだっけ?」
「そうなるな。経由するだけだが森の中は複雑だ。少し長旅になるぞ」
「そっか……4ノ国しか知らないからな。3ノ国ってどういう国なんだろ……」
「確かに!俺もよくわかんない国とよくわかんない国しかわからんから楽しみだね〜」
「ニトは黙ってて」
そんなこんなで、やっとこの街から足を踏み出すことになった。
最後の一歩を踏み出す前に、振り返りミハナダ街を一望する。
そこはいつも通り変わらず、平和で、優しくて、温かい場所だ。
ここが、4ノ国。天使であるザド様が温かく見守ってくれている国。
僕が、みんなに助けられてお世話になった国。
この国の外には、何が待ち受けているのだろうか。
それを考えると、胸が躍り出した気がした。
「……行ってきます」
と、誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。
「イル、何してんだ?早く行くぞ」
「あ、うん!」
旅への第一歩は、随分と忙しないものだった。
──リヴ 一幕「春風の帳」 終
「まあそこまで複雑で広い街でもないし、歩いてたら見つかるっしょ」
と、ニトは能天気に街を歩いているが、心配なので僕はウリを探しながらついていった。
あたりとキョロキョロと見て回ると、突然前を歩いていたニトが立ち止まり、勢い余ってぶつかる。
「いった……ニト、止まるなら止まるって言ってよ!」
「……いや、あれ」
ニトはある一点を見たままちょっと笑いの含まれた声で返した。
多分、ぶつかった僕にじゃなくて見ている先で面白いものがあったのだろう。
僕はニトの後ろから視線の先を見た。
……
「どっか消えたな〜って思ってたらお前……」
と、ニトは小馬鹿にするように笑っていた。
僕たちが見た先には、子供を連れて歩いているウリの姿があった。
そして、合流して今に至る。
ニトを小突きつつウリに話をする。
「今までどこにいたの?」
「……街中。気づいたらこいつが勝手についてきてた」
といって傍にいる子供に視線をやる。
子供は大体10歳ほどの女の子で、ポンチョを羽織り、分厚いフードを被っている。
子供は僕たちの様子を伺うように、ウリの後ろに隠れてこちらを見ている。
「一緒に来ていた両親とはぐれて迷子なんだと」
子供はこくりと頷いた。
「そっか……大丈夫?すぐに見つけてあげるからね」
と、子供に目線を合わせてにこりと話かけた。
子供は少しだけ顔を出してぺこりとお辞儀をする。
「ふふ……それにしてもだよ……ウリが?あのウリが子供に?」
と、一度小突いたのに反省の色もなしで小馬鹿にしている奴がいる。
「……ウリ、行こうか。親御さん探そ」
「そうだな」
そんなニトを置いて街中へと足を運ぶ。
後ろから「ちょっと置いていかないでよ!」というアホの声が聞こえるが気にしない。
探す間に子供に両親の特徴を聞いた。
どうやら両親は商人として各地を転々としているらしく、子供はその付き添いとのこと。商人であるなら見つけるのは容易いだろう。
そう思うものの、歩けど探せど街中にそんな姿はないし、街の人も知らないと首を横に振っていた。
疲れたからと、ひとまず休憩を入れる。
「や〜君の両親見つかんないね〜」
と、ニトは子供の頭を雑に撫でる。
「……何してんの」
「何って休憩だけど」
「いや……いつの間にそんな仲良くなったの」
「いや〜俺ってさ、こう見えて人望厚いんだよ〜!意外でしょ〜?」
と言いながら再度子供の頭を雑に撫でた。
子供は困った感じの笑顔を見せる。
「……ウリ的にはあれはいいの?」
「知らねぇ」
ウリもいつも通りに投げやりになる。
「……このままだと日が暮れちまうから早く見つけたいんだがな」
「置いて帰った!……ってわけではないと思うけどね……うーん」
「いっそのこと置いていってもいいんじゃない?」
「それはダメでしょ」
と、何の進展もない話を続けていると、
「……あの」
子供が口を開いた。
「本当に、ごめんなさい。私が迷子になっちゃったせいでお兄さんたちの時間が……」
「ううん!いいんだよ!困った人がいたら助けなきゃ!ね!」
「俺は別にそうでもないぞ」
「ニトは黙ってて」
子供は困ったように笑った後、続けた。
「私、その。お父さんとお母さんと商人をして旅をしているんですけど、旅先でここまで優しくしてくれる人たちは初めてで……」
「……普段は優しくしてくれないの?」
「……うん。だから、迷子になった時すっごく心細くて、正直お兄さんたちも怖かったんですけど、その。ありがとうございます。こうして一緒に探してくれて、優しくしてくれて」
「……そっか。大変だったんだね」
僕は子供の手を優しく握った。
子供はにっこりと笑い、握り返してくれる。
不意に、ズキリと頭が痛む。そしてぼやけた頭が鮮明になるような感覚がした。
……どこかで、僕は人混みの中に埋もれていた。目線は今よりもとても低く、周りを見渡しても人人人で何も見えない。どよめきしか聞こえない中で、人をかき分けてただ走っていた。
誰かを探している。誰を求めているのかわからないが、僕はただただ誰かを探していた。
疲れ果てる直前に、誰かが僕の手を掴んだ。
と同時に、頭に外からの痛みが走った。
目の前にはこちらを心配そうに見下ろす子供。そして子供の横にいるニトが僕の目の前でパッと手を振った。
「あ、気づいた?なんか急にぼーっとしだしたから何となくデコピンしたんだけど」
そう言われると、額に鈍い痛みを感じ始める。咄嗟に額に手を置いてさする。
「い……ったいじゃん!何してんの!?」
「ぼーっとする方が悪くね?俺なんか悪いことした?」
「そうだとしてもそんな強くやらなくていいじゃん!」
「そんな強くやった覚えはないんだけどね〜」
と、言い争いをしている横で困った顔をしていた子供は「あ!」と声をあげて立ち上がり駆け出した。
「お父さん!お母さん!」
そちらを見れば、子供は二人の男女の元へ駆けつけていた。
三人はしばらく話して、男女は僕たちに顔を向けて安堵の表情を見せる。
「娘を探していた時にあなた達と一緒にいると聞きまして……本当にありがとうございます。一緒に探してもらっていた上によくしてもらっていたみたいで」
「え?いやいや!僕たちが好きでやったことなので!お構いなく!」
「俺は別にッ……」
「見つかってよかったね!ね!」
ニトの口を塞いで言葉を紡ぐ。
三人は「またあった時はお願いします」と言い残し、立ち去っていった。
その姿を見送った後、ウリは口を開く。
「……行くとするか」
「そ、そうだね〜……ニト、余計なことは言わなくていい」
「はいはいわかりましたよ〜。じゃあ、次行きますか」
不貞腐れたニトが立ち上がり歩き出そうとすると、「あ」と何かを思い出したかのように振り返り、期待した眼差しを僕に向けた。
「そういやさっきぼーっとした時何考えてたの?」
「……」
「へ……あ、あれね!そう!僕思い出したんだよね!記憶が!」
「本当?そりゃよかったね」
「うん!……えっと、多分小さい時なんだけど、僕が迷子になって誰かが助けてくれた?って記憶!」
ニトは先ほどの笑顔と打って変わってあからさまにつまらなそうな顔をして歩みを進めた。
「漠然としすぎだし思ってたよりもショボいな。期待して損した」
「ちょっとニト、それは酷くない?」
「……まあ、一個思い出せてよかったんじゃないか?」
「あ、ウリはそう思ってくれるんだ!ニトとは大違いで優しいこと言ってくれるな〜!」
「ちょっとイル酷くなーい?」
「君にだけは言われたくないでーす!」
ニトと距離を置いて歩きながら、側にいるウリに話しかけた。
「次は3ノ国に向かうんだっけ?」
「そうなるな。経由するだけだが森の中は複雑だ。少し長旅になるぞ」
「そっか……4ノ国しか知らないからな。3ノ国ってどういう国なんだろ……」
「確かに!俺もよくわかんない国とよくわかんない国しかわからんから楽しみだね〜」
「ニトは黙ってて」
そんなこんなで、やっとこの街から足を踏み出すことになった。
最後の一歩を踏み出す前に、振り返りミハナダ街を一望する。
そこはいつも通り変わらず、平和で、優しくて、温かい場所だ。
ここが、4ノ国。天使であるザド様が温かく見守ってくれている国。
僕が、みんなに助けられてお世話になった国。
この国の外には、何が待ち受けているのだろうか。
それを考えると、胸が躍り出した気がした。
「……行ってきます」
と、誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。
「イル、何してんだ?早く行くぞ」
「あ、うん!」
旅への第一歩は、随分と忙しないものだった。
──リヴ 一幕「春風の帳」 終
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