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一幕『春風の帳』

「今回の依頼……森に化け物が三体うろついてるから街に来る前に倒してほしいってやつ。ちゃんと全部倒しましたよ〜」
「うん、ありがとう。稀人さんにこんな危ないこと頼んじゃってごめんね」
「いや本当に!おまけに余計なものまでついてきちゃったしさ!」

ニトはこちらを指差してくる。

「う……それは本当にごめん」
「あはは〜!帰れって言ったのに帰らなかったんですよねこいつ。馬鹿だよね〜!」
「怪我して行き倒れてたやつに言われたくないんだけど」
「そんなことよりも、あの化け物ってなんだったんですか?」

こいつまた都合の悪いところ聞き流しやがった……。
ザド様はと言うと、目を見開いて驚いたような表情をしている。

「え?え、と」
「なんか……なんだろうな、化け物にしては妙に人間くさかったというか──」
「えっと、そうだね……なんて説明しようかな……」

ザド様は改めて姿勢を正し、真剣な眼差しでニトを見据える。

「よくいるんです。この世界には。いろんなところに、いろんな形の……罪人って呼ばれる子たちが」
「罪人?」
「……ちょっと前にこの国で罪人になっちゃうお薬が配られちゃって、それで罪人さんがたくさん増えちゃったんです。放っておいたら死人さんたちに危害を加えちゃうので……」
「それで依頼をしたわけね〜?確か天使はそういうのに手出しできないんだっけ?」
「そうなんです。死人さんのこともそうなんですけど、罪人さんたちが苦しんでる姿を見るのも辛くて……本当に助かりました」
「そっかぁ」

ザド様は深々と頭を下げる。そんなザド様をニトは相変わらずヘラヘラとした顔で見ていた。

「世も大変なんだね〜」
「イルちゃんも稀人さんも気をつけてくださいね。私が見た時はお薬が注射器に入れられたものだったので……」
「は、はい……気をつけます」

そんなものが流行っていたのかと少し肝が冷えた。ザド様も、この国の人たちも大変なことになっていたんだな……。

「ところで誰がそんな物騒な薬を配ってたの?特徴とか──」
「悪魔です」
「……あ、悪魔?」
「悪魔が配ったの。本当に許せない。大事な私の国の子たちをあんな目に遭わせておいてのうのうと暮らしてるなんて」
「あー」

悪魔、という言葉を発してからザド様の目が変わる。呪詛のように悪魔に対する恨みつらみが口から溢れて止まらない。
かくいうニトは変わらずヘラヘラとしているが、目が笑っていない。多分めんどくさがってる。どうしてくれようこの空気。

「あ、あー!ザド様のお菓子、美味しいですねー!」

この空気を切り裂こうと、大袈裟にお菓子を口に放り込む。

「え?あ、そう?美味しい?イルちゃんいっぱい食べてくれてありがとね〜!」
「ええ!これから旅に出るから、しばらくザド様のお菓子食べられないしいっぱい食べちゃおうと思って!」
「そっか。イルちゃん旅に出ちゃうんだね。寂しくなっちゃうなぁ」

よかった。とりあえず空気は良くなっただろうか。

「あ、そうそう!報酬!渡さないとね!」
「……あぁ、そういえば。お願いしまーす」

ザド様は大きめの袋と一本の短剣を取り出した。

「おー……短剣?」
「うん。お金と一緒に追加させてもらいました」
「いや〜ありがたいですね〜!天使様から受け取った武器はさぞかし切れ味いいんでしょうね〜!」
「ふふん!甘く見ないでくださいね!私の短剣はそこらへんにある普通の短剣とは大違いですから!刃こぼれだってしないし切れ味は抜群だし扱いやすく軽いし、まあどちらかというと刺すこと投げることに特化されていますけどでもでもそれでもですね……」

ザド様は目を輝かせ短剣についてつらつらと語る。

「短剣オタクって感じだねぇ」
「こんなザド様はじめてみた……」
「そうなんだ〜。……もう十分よーくわかりましたから、話もこれくらいにしてくださいね〜?」
「……はっ、私ったらつい。ご、ごめんなさいぃ……」

ザド様は赤くなった顔を手でパタパタと仰ぎ、顔を覆う。

「両刃の短剣か。いいじゃん。よく研がれてるし雑に扱っても壊れそうにない。あと刃こぼれもしづらそう」
「雑に扱わないでくださいね!?」
「わかってま〜す!……ところでこれ何?」

と、ニトは短剣の柄に埋め込まれた二つの勾玉を指差す。

「それは魔法です。あった方が便利かなって」
「魔法……」
「うん!えっと……これはね、見えなくしたりお水を出したり……あとは傷を治したり……とかができる魔法!何よりも、この短剣で切られても一切痛みがないのが特徴ですね」
「うわ〜それはそれでなんか嫌だな」
「うっ……でも稀人さんだから渡しちゃいます!あと、使いすぎちゃうと大変なことになるから程々にね……!」
「わかったよ〜、ありがたく使わせてもらうね」

ザド様の魔法は確か霞魔法と治癒魔法だっけ。そんなすごいものを渡すなんてよほどニトのことを信頼してるのか、はてまた稀人だからこそ心配しているのか。

「じゃ、貰えるもんもらったし用事終わり!出てっていい?」
「え!?もう!?」
「何お前。そんなにお茶会したかった?」
「……イルちゃん」

ザド様が子犬のような目でこっちを見てくる。

「まだザド様とお話ししたかったしお菓子も食べたかった、です。けど、時間の問題ですので、僕もこれで失礼しないと」
「イルちゃん……」
「ザド様そんな目で見ないでくださいよ〜!出るに出れないじゃないですか!」
「だって寂しいんだもん……」
「大丈夫!また帰ってきますから!大丈夫!」
「イルちゃん……!」

ザド様って面白いくらい表情がコロコロ変わるな。

「じゃ、そういうとこなんで。お宅のイルちゃん連れて行きますね!」
「イルちゃんに何かしたら許しませんからね!」
「何もしねぇよ」

ニトはそう言いながら僕に袋を渡した。
ほんのりと重さを感じる。

「それ、そのカバンの中に入れといて。どうせ入れたって軽いんだし」
「え、う、うん」

どういう原理で荷物が入ってるのかわからないけど、カバンの中に袋を入れる。
入れた袋に触れると、確かにカバンに入っている感覚はある。他の荷物も入っている感覚があるのだが、カバンの底に触れることはない。そして荷物が増えたのにも関わらず、やはり空のカバンを持っているのではないかと錯覚するほどに軽い。

「……これ、どういう原理でできてるんですか」
「なんだろ……?1ノ国で作られたのかな……?」
「よくわかんないけど便利だしいいんじゃない?」

ニトは勿論だけど、ザド様もこの鞄のことはよくわからないのか。

「そっかぁ、まあ確かに便利だからいっか」
「そうそう!じゃあ早く迷子のウリくんを探しにいこ〜ね〜!」
「え?あ、う、うん!ザド様!また戻ってきたときは顔出しますので!」
「うん!イルちゃんいってらっしゃい〜!」

春のようにポカポカとした笑顔を向け、ザド様はお見送りをしてくれる。
一足先に行ったニトを追いかける形で、街の中へと歩みを進めた。
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