一幕『春風の帳』
化け物は際限なくこちらに攻撃を仕掛けてくる。僕の体力は限界に近づいていた。こっちは避けるだけでも精一杯なのに、向こうは一向に体力が尽きる気配がない。避けきれずにかすり傷までつく始末だ。
そしてついには足元がもつれ転んでしまう。起きあがろうとしても体がいうことを聞かない。喉奥から鉄の味が広がる。咄嗟に化け物の方を向けばもうすぐそこまで迫っていた。
あぁ、ここまでか。
死を悟った僕に向けて化け物は無慈悲に爪を振り下ろした。
途端、持ち上げられたようにふわりと身体が宙に浮き、風を感じた。
「あ、あれ?」
「あっっっっ……ぶね〜〜〜!!!何やってんだお前!?」
化け物の鉤爪につたが絡まっている。その近くに地面に手を付けるウリの姿があった。
そして頭上を見上げれば、焦った顔をしたニトがいた。どうやらすんでのところで助けられたようだ。
「怪我はあるとして……イル、動けるか!?」
「えー……と、無理ですね」
「なあニト……こいつすごい怒ってんだけど何かしたのか?」
「俺は何もしてない!!!ああもう!何が起きたか後で聞くからとりあえず怪我人は大人しくしてな!」
ニトはそう言うと僕を下ろして化け物に歩み寄った。
「街を守りたいとか何だとか救世主気分になんのはお前の勝手だしどうだっていいけど……自分の身を削ってまで立ち向かうんじゃないよ」
そしてこちらに振り返る。
「ニトお兄さんとの約束だぞ?」
うざいくらいににっこりと微笑んだのち、また化け物に視線を戻し、短剣を取り出した。
「ウリ、あいつは任せたよ」
「はぁ……無理だと感じたらとっとと逃げるんだぞ。お前は死んだら終わりなんだから」
「わーってるって」
ウリは化け物から離れ僕の元へ来た。
「街まで運ぶこともできるが……どうする?」
「……僕だけ街に戻るのなんて、嫌です。……見てます」
「そうか」
僕を担いで化け物から距離を置く。
「すいません……色々迷惑かけてしまって」
「迷惑をかけたのはこっちの方だ。……巻き込んで悪かったな」
「……」
いや違う、僕が最初からついて行かなければこんなことにはならなかったんだ。そう発する気力すらも今は失ってしまった。目の前の光景を眺めることしかできない自分を恨む。
「君は、……いの?」
ニトが化け物に話しかけている。会話の内容は聞き取れない。表情も、見えない。
化け物は尚も蠢き、歪な口元から何か言葉を発している。
「そっか、わかったよ」
その声を皮切りに化け物がニトに接近した。凄まじい勢いで切り裂こうとしてくる。
それをひらりとかわして、背後を取り、背中からうなじまでを切り上げた。そして化け物の背を蹴り飛ばし距離を置く。
その見た目からは考えられないほどの機敏な動きに思わず目を見開いた。
蹴り飛ばされた化け物はうめき声をあげながらよろよろと振り返る。
「あれ、浅かったかな……。あんまり苦しませずに倒したいんだけども」
短剣をくるくると回す。
さっきまで空腹で倒れていた人とは思えないくらいの余裕っぷりだ……。
「じゃあ、早くくたばってちょうだい」
大地をを蹴りつける。一瞬にして化け物の懐に潜り込む。
化け物の右肩に短剣を刺し、そのまま体重をかけて押し倒す。
足で化け物の腕を封じて、その短剣を引き抜けば今度は喉元に深々と刺した。
化け物はもがき苦しむ。そして数十秒もしないうちにピクリとも動かなくなり、泥のように溶けて消えた。
「はぁ……動かれる前に仕留められてよかった、……」
最後に何かを呟きながら地面に落ちた短剣を拾いしまう。そしてこちらに振り返って笑顔で手を振った。
「ウリー!!!終わったよーーー!!!俺だってやればできるんだぜ!!」
「……」
かくいうウリはというと、呆れた顔をしている。
「あ、イル〜大丈夫?めちゃくちゃ追われてたしさっきよりも土汚れひっどいけど〜」
ニトは軽い足取りで近づいてきて、目線を合わせてくる。
「……すごく身体が痛いです」
「だろうね」
「……ご、ご迷惑をおかけしました」
「ううん。いいんだよ別に」
そういって僕の頭にポンと手を置いた。
「街まで運んだげるから今日はもう帰って休んでね」
にっこりと笑いかけて、立ち上がった。
「というわけでウリ、代わりに運んどいてね」
「はぁ……?」
ウリは呆れた顔でため息をつく。この一言で彼の苦労がひしひしと伝わってきた。
そんな彼らのやりとりをぼんやりと見ていた時、それは目に映った。
彼らの背後に、遠巻きにこちらを眺めているあの子供の姿があった。
「……っ」
あの姿を見て、背筋が凍る。頭が痛む。鼓動が早まる。息が荒くなる。理由のわからない憎悪が滲み出てくる。
何故だろう。あの子供を見ると許せないと思うのは。
何故だろう。
──僕は、あの子を知っている気がする。
強い既視感の正体を探ろうとしても何も思い出せない。何かがそれに近づけさせないように足を掴んでくるような気持ちの悪い感覚がする。
「……イル?」
気づけば痛みなど忘れて子供の方に駆け出していた。
誰かが僕に語りかけている気がする。でもなんて言っているのかわからない。ただただ、その気持ち悪さを払拭するためにあの子供を捕まえなければならないと強く思って仕方ないのだ。
あと少しで子供に触れられる。
その時背後から強い衝撃を受けて、視界が白んだ。
そうして僕の意識は落ちていった。
そしてついには足元がもつれ転んでしまう。起きあがろうとしても体がいうことを聞かない。喉奥から鉄の味が広がる。咄嗟に化け物の方を向けばもうすぐそこまで迫っていた。
あぁ、ここまでか。
死を悟った僕に向けて化け物は無慈悲に爪を振り下ろした。
途端、持ち上げられたようにふわりと身体が宙に浮き、風を感じた。
「あ、あれ?」
「あっっっっ……ぶね〜〜〜!!!何やってんだお前!?」
化け物の鉤爪につたが絡まっている。その近くに地面に手を付けるウリの姿があった。
そして頭上を見上げれば、焦った顔をしたニトがいた。どうやらすんでのところで助けられたようだ。
「怪我はあるとして……イル、動けるか!?」
「えー……と、無理ですね」
「なあニト……こいつすごい怒ってんだけど何かしたのか?」
「俺は何もしてない!!!ああもう!何が起きたか後で聞くからとりあえず怪我人は大人しくしてな!」
ニトはそう言うと僕を下ろして化け物に歩み寄った。
「街を守りたいとか何だとか救世主気分になんのはお前の勝手だしどうだっていいけど……自分の身を削ってまで立ち向かうんじゃないよ」
そしてこちらに振り返る。
「ニトお兄さんとの約束だぞ?」
うざいくらいににっこりと微笑んだのち、また化け物に視線を戻し、短剣を取り出した。
「ウリ、あいつは任せたよ」
「はぁ……無理だと感じたらとっとと逃げるんだぞ。お前は死んだら終わりなんだから」
「わーってるって」
ウリは化け物から離れ僕の元へ来た。
「街まで運ぶこともできるが……どうする?」
「……僕だけ街に戻るのなんて、嫌です。……見てます」
「そうか」
僕を担いで化け物から距離を置く。
「すいません……色々迷惑かけてしまって」
「迷惑をかけたのはこっちの方だ。……巻き込んで悪かったな」
「……」
いや違う、僕が最初からついて行かなければこんなことにはならなかったんだ。そう発する気力すらも今は失ってしまった。目の前の光景を眺めることしかできない自分を恨む。
「君は、……いの?」
ニトが化け物に話しかけている。会話の内容は聞き取れない。表情も、見えない。
化け物は尚も蠢き、歪な口元から何か言葉を発している。
「そっか、わかったよ」
その声を皮切りに化け物がニトに接近した。凄まじい勢いで切り裂こうとしてくる。
それをひらりとかわして、背後を取り、背中からうなじまでを切り上げた。そして化け物の背を蹴り飛ばし距離を置く。
その見た目からは考えられないほどの機敏な動きに思わず目を見開いた。
蹴り飛ばされた化け物はうめき声をあげながらよろよろと振り返る。
「あれ、浅かったかな……。あんまり苦しませずに倒したいんだけども」
短剣をくるくると回す。
さっきまで空腹で倒れていた人とは思えないくらいの余裕っぷりだ……。
「じゃあ、早くくたばってちょうだい」
大地をを蹴りつける。一瞬にして化け物の懐に潜り込む。
化け物の右肩に短剣を刺し、そのまま体重をかけて押し倒す。
足で化け物の腕を封じて、その短剣を引き抜けば今度は喉元に深々と刺した。
化け物はもがき苦しむ。そして数十秒もしないうちにピクリとも動かなくなり、泥のように溶けて消えた。
「はぁ……動かれる前に仕留められてよかった、……」
最後に何かを呟きながら地面に落ちた短剣を拾いしまう。そしてこちらに振り返って笑顔で手を振った。
「ウリー!!!終わったよーーー!!!俺だってやればできるんだぜ!!」
「……」
かくいうウリはというと、呆れた顔をしている。
「あ、イル〜大丈夫?めちゃくちゃ追われてたしさっきよりも土汚れひっどいけど〜」
ニトは軽い足取りで近づいてきて、目線を合わせてくる。
「……すごく身体が痛いです」
「だろうね」
「……ご、ご迷惑をおかけしました」
「ううん。いいんだよ別に」
そういって僕の頭にポンと手を置いた。
「街まで運んだげるから今日はもう帰って休んでね」
にっこりと笑いかけて、立ち上がった。
「というわけでウリ、代わりに運んどいてね」
「はぁ……?」
ウリは呆れた顔でため息をつく。この一言で彼の苦労がひしひしと伝わってきた。
そんな彼らのやりとりをぼんやりと見ていた時、それは目に映った。
彼らの背後に、遠巻きにこちらを眺めているあの子供の姿があった。
「……っ」
あの姿を見て、背筋が凍る。頭が痛む。鼓動が早まる。息が荒くなる。理由のわからない憎悪が滲み出てくる。
何故だろう。あの子供を見ると許せないと思うのは。
何故だろう。
──僕は、あの子を知っている気がする。
強い既視感の正体を探ろうとしても何も思い出せない。何かがそれに近づけさせないように足を掴んでくるような気持ちの悪い感覚がする。
「……イル?」
気づけば痛みなど忘れて子供の方に駆け出していた。
誰かが僕に語りかけている気がする。でもなんて言っているのかわからない。ただただ、その気持ち悪さを払拭するためにあの子供を捕まえなければならないと強く思って仕方ないのだ。
あと少しで子供に触れられる。
その時背後から強い衝撃を受けて、視界が白んだ。
そうして僕の意識は落ちていった。