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幽世.live

日々は目まぐるしく過ぎていく。死んでいたとしても時間は死なず、幽世に住むものは今までと変わらない日常を過ごしている。どこかの国では雪が降りしきり、またどこかの国は青空のみが広がるばかりなのだろう。

……かくいう3ノ国はというと、頭が痛くなるほどに天気が荒れていた。

一歩でも出たら飛ばされてしまうなんて嫌でも考えてしまうほどの大きな風の音。木々は地面と触れ合いそうになり、折れた枝や舞い上がった小石が強かに窓に打ちつけられる。

「ウリさん、この天気どうにかできないんですか?」
「オレにどうしろって言うんだよ」

たまたま3ノ国に訪れていた時の話。
そよぐ風がいつもより強く、そして肌を突き刺すような痛みを感じていた。雲行きの怪しさに嫌な予感がして急いでスミ町に向かった時にはもう誰もいなかった。
大きな荷車は厳重に紐でくくりつけられ、玄関に置かれていた小道具や鉢植えなんかも仕舞われているせいで殺風景が広がっていた。

その有様を見てようやく気づく。この時期はフキが霊力を回復するために眠り続ける日なのだと。

「来るんじゃなかった……」
「逆にどうして来ちゃったんですか?」

呆然と立ち尽くしていたオレに声をかけて家に入れてくれたのは、スズメという死人であった。少し前に世話になったせいか、そこらの死人よりは打ち解けている仲ではある。
彼女は淹れたてのコーヒーを目の前に差し出し、呆れたように窓の先の大きな街灯に視線を向けた。

「この時期のフキちゃんは冬眠してるせいで霊力の供給が途絶えるからすごく天気が荒れやすいって忘れてたんですか?」
「町の様子を見るまではな……」
「気づくのが遅過ぎますね」

ここ3ノ国は天気が荒れやすく、特に暴風が酷い。その対策としてフキは定期的に町の中心に置かれている疾風魔法がかけられた大きな街灯に霊力を込め、この国一帯の風を管理している。しかし範囲が大きすぎるあまりにフキ自身の霊力が切れやすく、枯渇し暴走しないよう年にひと月は眠らなければならないのだ。

「霊力を込めるだけならフキちゃん以外の天使様もやれるはずなんですけどねぇ……」
「オレたちがわざわざ違う国にまで干渉すると思っているのか?」
「うーん……それもそっか。それにフキちゃんがこだわり強いのもあるからなぁ……手出しさせてくれないんですよねぇ……」

「もう少し頼ればいいのに……」と愚痴をため息と共に吐き出す。そんな彼女から視線を外し、コーヒーを口に入れる。

魔法に霊力を込めるくらいならまだできないことはない。だがしかし、この大荒れの中外に出たくないのも事実だ。身が引き裂かれるほどの痛みを感じながらあの街灯へ足を運ぶなんて考えたくもない。そう考えるとフキはよく外に出られるなと感心する。
……そう思えば確かに、フキは周りの奴らに頼ることがないな。この眠っているひと月分の霊力を代わりの誰かに任せればこんなことにもならないはずなのだが。

「……だがまあ。ひと月分を国中に、となると任せられるものも任せられないのだろうな。下手したら暴走しかねないわけだから」
「ですよねぇ……はぁ……」
「まぁ、莫大な霊力を定期的に入れてもなお暴走しないこと自体が珍しいとは思うがな。……よかったな、フキがそういうやつで」
「そうですね……フキちゃんが目を覚ましたら感謝しないと、……?」

スズメは窓の外のある一点を見つめ、そして驚いた表情で口を開けた。

「あ、あ……?」
「……どうした」
「いや、あれ……」

そうして指を指した方向には、なんとも目を疑う光景が広がっていた。
中心に聳える大きな街灯に誰かがしがみついている。はじめは荒れているせいでよく見えなかったが、目を凝らしてみれば体格から男と……青暗い長髪から誰であるかが特定できてしまった。

「あれ、メレクさんですよね」
「ああ」
「何してるんですか?あの人」
「さぁ……」

風に飛ばされないように必死にしがみつく様はなんとも奇怪に見えるが、本人はかなり焦っている様子が見て取れるので本気で困っているのだろう。メレクはこちらの視線に気づくと大声で何かを話しかけてきているが、風の音がうるさいせいで何を言っているのか全くわからない。

「助けを求めているのでしょうか……」
「だとしてもこの国に何十年も住んでるならこんなことになるのもわかってるはずだよな」
「だとしたら何故外出を……」

呆れた目でしがみつくメレクを見る。メレクは大きく手を振り上げようと街灯から片手を離そうとする。途端、大きな枝がメレクの顔に強くあたり、貧弱なその体は支えきれずに呆気なく街灯から離れてしまう。なんとか片手で街灯を掴むことができるが、あの様子では飛ばされるのも時間の問題だろう。

「あっメレクさんが風に!」
「どこまで飛ばされるんだろうな」
「どうなんでしょうか……って違くて!流石に助けないといけないですよね……」

あの光景を見て流石に慌て出すスズメは玄関とメレクを交互にみては足踏みするばかりだ。それもそうだ。メレクが飛ばされるのならそれよりも小柄で貧弱であるスズメだって当然飛ばされるのだ。助けに行きたくても助けられないのだろう。
オレは流石にあそこまで飛ばされることはないが、この風の中を自由に動くことはできるわけがない。となれば直接助けになど行けるわけもない。

「ど、どうしましょう……」
「どうしようもないな」
「あぁ……」
「……だが、まだ時間はあるか。悪いが散らかすぞ」
「え、えぇ?」

困惑した様子のスズメを置き去りに玄関に向かい、室内に避難された観葉植物に目を向ける。一か八か賭けてみようと、扉を開けた。
風によって勢いよく開かれた扉を体で押さえ込み、片手を観葉植物に触れ霊力を込める。観葉植物から生えた蔦は長く長く伸び、開けた隙間から外へ向かう。
片腕の力が尽きて宙に舞うメレクの腕に、蔦は勢いよく絡みついた。
風で蔦が切れる前に素早くこちらに引き摺り込み、家の中に投げ入れる。そしてすぐに扉を閉め鍵をかけた。扉にもたれかかり一息つく。
風のせいか思っていたよりも勢いを殺しきれなかったようで、メレクは背中を強かに打ち付けて頭から落下していた。

「いっ……たた……もっと優しく助けてくれたまえよ……」
「無理」
「相変わらず冷たいなぁウリくんは……」

そう呟いてメレクは気絶した。
慌てた様子で玄関を見にきたスズメは、風によって散らかった玄関と気絶したメレクを交互に見て混乱している。

「あわわ……なんと言ったらいいのか……」
「とりあえずそいつを寝かしてやればどうだ?」
「は、はい……」

スズメは気絶したメレクを掴んで引きずって消えていく。と思えばまたこちらに顔を出し、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「そのっ……私の代わりに助けてくださりありがとうございます」
「……お前の代わりに助けてやったわけじゃないがな」
「そうですか……いや、それでも。私だったら助けにいけなかったので。ウリさんがいてくれて本当によかったです。ありがとうございます」
「それよりも運んでやりな」
「……はい、そうしますね」

そうニコリと微笑んでまた部屋の中へと消えていった。
背中越しに強く打ち付けられるような振動を感じる。まだしばらくはこの国から出られないだろうな、なんてことを大きな音を立てて入り込んでくる隙間風が知らせてくるのだった。
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