序章〜子供時代編
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ふと、集中力が途切れて顔をあげた。
すっかり通い慣れたナギサ図書館にある読書用に設けられたスペースの一角。
左右に積み重なった本に埋もれるようにして、小さな私はそこにいた。
季節は気がつけば秋。とはいえ寒冷地であるシンオウ地方は秋とは名ばかりですでに寒い。
比較的温暖なナギサシティでさえこの冷え込みなのだから、豪雪地であるキッサキシティなんかはどれほどの寒さかと思う。
『太陽の町』と呼ばれるナギサシティの太陽は、夏を忘れ去ったかのようにすっかり涼しげな顔で町を照らしていた。
冬も間近い。
(次は、どうしようかな)
図書館にある神話や伝説のポケモンに関係する本はあらかた読みきってしまった。子供の集中力は凄い。
湖での一件は、私がこの世界に来てしまった原因に直接ではないにしろ何か関係があるのではと現在推測中。
ジラーチの線もまだ捨てきれないけれど。
来たる『その時』とやらまでにはまだ時間がある。やってみたい事や確かめたい事が山積みにあるのだ。
とりあえず目下の目標は図書館にあるポケモンに関する書籍の読破である。
知識はあって困るものではない。あれ以来何だか妙に物覚えがいいし頭の回転率も上がった気がしないでもない。
エスパー技によって脳が活性したのかしら。そうだとしたら良かったというべきなんだろうけど、二度としないで欲しい。
ちなみに最近は各地方のポケモンの分布図を見るのがマイブーム。
元の世界にいた時よりも数倍は勤勉になった私。
子供時代は宿題そっちのけで外で遊びまわっては缶蹴りしたり鬼ごっこしたり、男子に混じって野球したりしてたのに…。
本を読むのが楽しいなんて思う日が来るとは…勉強嫌いの私がなあ…変われば変わるもんだ。
「あれ、かくかくじゃん」
「オーバだ…図書館で会うなんて珍しい事もあるもんだね。デンジとはたまに会うけど」
「俺だってなあ…たまには読みたい本くらいあるっての!」
そろそろこの積み重ねた本を棚に戻そうかと立ち上がった時、まさかのオーバとデンジに声をかけられた。
見知った赤と金の髪が空間に映える。
正直この公共建物内で、同時に彼らに出会うのは初めてだった。
「俺はたまに機械の本借りに来るからな」
「っていうかかくかくこそどうしたんだよ。今日病院の日だろ?」
「うん、今日はいつもの先生が急に用事が出来ちゃったんだって。だから暇になっちゃって。二人こそ揃ってどうしたの?」
「ほのおタイプのポケモンの本が読みたくてさ。本屋に行ったんだけど、本って漫画と違って高いのな」
「俺は買い物帰り。…オーバに引っ張ってこられた」
デンジとは本当に偶然出会ったんだろう。
見ればデンジの手には買い物袋が握られている。『早く帰りてえ』といったような顔でネギの入った袋をぶら下げている。
にへへ、と笑うオーバの顔が何だかいたずらっ子みたいで、私もそれにつられてつい笑ってしまった。
キョロキョロとお目当の本はどこかと辺りを見回すオーバ。私は手を引っ張って「こっちこっち」と案内する。
デンジも無言で後ろをペタペタついてきた。
もはや勝手知ったるナギサ図書館。本の案内はかくかくさんに任せな少年たち!
「ほのおタイプのどういう事が知りたいの?」
「うーん、技とか…あと住んでる場所だな!シンオウ地方以外のポケモンも気になるし…」
「技と生息地ね…ポケモン関連の本はこの辺りだよ」
以前読んだポケモンの生態に関する書籍を何冊か脳内でピックアップする。
ほのおタイプ限定ではないけれど子供にもわかりやすく図説してある本がいくつかあった筈だ。
タイプ別に特化しているものは専門書が多いけれど、そういった本は文章ばかりの分厚いものばかりだから除外。
きっとオーバが読みたいのは学術的な本ではなくてトレーナー向けの実用的なものだろうから。
「この本と、この本もわかりやすくておすすめだし…あ、これはほのおタイプだけじゃないけどカントーやジョウトにいるポケモンが詳しく書かれてて面白いよ」
「へえ〜助かる。サンキュー」
「あと、このシリーズは姉妹本でタウンマップ出してるんだけど旅のトレーナーにすっごい人気なんだって。ここの出版社本当に良質な本たくさん出してるの。私たちが旅に出る時はデジタル版のマップもいくつか発売されてるのかなって思うけど、個人的にはこういう紙のマップで旅したいなあ。実際行った時に、思った事のメモとか書けるのは紙ならではって感じだし…あ!こっちの本ってオーキド博士監修だったんだ!うわ〜見逃してた…」
「………なんか、お前デンジに似てきたな」
「へ?」
「変な機械にあれこれネジとか線とかくっ付けながら話してる時に、そっくりでさ…」
「変な、ってなんだよ、一言余計なんだよ」
呆れたような、辟易した顔のオーバと目があった。デンジはオーバを横から肘で小突いている。
私は何だか急に恥ずかしくなってパッと手で口を押さえた。
(…やばい…気が抜けて話まくってた…)
興奮するとたくさん話す子供というのは往々にしているものだが、かくいう私もそういう衝動を抑えられないタイプの子供だ。
コントロールできないモードその2、とも言える。
デンジもそうで、普段は口数少なめなんだけど機械やバトル、それにでんきタイプのポケモンの事となるとそれはもう熱い。
目をパチパチしながら口を押さえてたら、「ふっ」とオーバに鼻で笑われた。何ですかその笑い方は!
オーバだってたまにすっごく語るじゃん!バトルに関する時なんて特に!しかも『どごーん!とやってさ〜!』とか『ばぎゅーん!って一気にやるんだよ!』とか擬音語混じる系の可愛いやつを!
なんて返すのは大人げないので流石に言いませんが。
「かくかくって俺たちといないときはいつも図書館に来てんのか?…お、これ借りよう」
手渡した本をパラパラとめくりながらオーバが首を傾げた。
オーバやデンジと出会う前は、確かにいつもこの図書館で浴びるほど本を読んでいた。
でも、それは知的好奇心から来る行動ではなくて、この世界を少しでも多く知る事で不安や混乱を和らげようとする意味が大部分だった。
今では少しずつ意味合いが変わってきている。
要するに、興味が出てきたのだ。初めてパートナーと言えるポケモンと生活して、そしてオーバやデンジと出会ってポケモンバトルをして、真正面から向き合って。
無理だ無理だと思っていた『この世界』で生きるという事そのものに少しだけ前向きな興味が出てきた。
「かくかくは大人になったらポケモン博士になるんだよな?」
「え?ポケモン博士…?」
「違うのか?だってめちゃくちゃ勉強してるし、俺より全然詳しいし。まあバトルは俺の方が強いけどな」
「お前この間のバトル、かくかくにいいところまで追いやられてたけどな」
「…デンジだって押されてたじゃねえか。みずタイプと相性が良くて助かったな」
「んだと」
「なんだよ」
はいはーい。ケンカしないでくださーい。
普段仲良しなのにバトルの事となるとバッチバチになるんだから、もう…。
オーバに「なるんだよな?」なんてめちゃくちゃ断定された言い方されたけど、確かに我が家はポケモン研究所だし考えなかったわけじゃない。
でも『勉強』と『研究』って、ちょっと違うからなあ…。
調べたい事は沢山あるけれど博士なんて、私がそんな大それたものになれるとは思えない。
純粋なオーバの瞳が私の瞳を捉えている。う…そんな透明感ある瞳で私を見ないでくれ。
「俺はな…ポケモンマスターになるのが夢。1番強いトレーナーになるんだ!」
「そうだよね。オーバ、ポケモンバトル大好きだもん。強いし、努力家だし…オーバだったら絶対凄いトレーナーになれるよ」
「…俺は最強のでんきタイプ使いになってチャンピオンになる」
「デンジも強いもんなあ。前にも最強になるって、言ってたもんね。一生懸命だし、冷静だしポケモンにも信頼されてるもん。うん、デンジももっともっと強いトレーナーに絶対なれるって思う」
「シンオウリーグに優勝して、チャンピオンになって…それでチャンピオンズリーグに行くだろ?そこでも優勝するだろ?そうするとチャンピオンマスターだぜ?」
「オーバより先にリーグチャンピオンになるのは俺だけどな」
「デンジより先にバッジ集めてチャンピオンになるのは、俺!」
嬉しそうに将来の夢を語っている二人の様子が、とてもとても眩しく見えた。
勇気があって努力家で、一途で熱くて。お互いをライバルと認めてて。
そんな二人を見ていると、私も何だってできるような気がしてくる。
私の中にある言い知れない不安な気持ちなんていうのは、彼らはきっと知らないけれど、
「「かくかくも絶対なれるぜ」」
なんて、根拠のない彼らの自信満々な言葉は、私の中の深くて暗い部分にどんどん染み込んでいった。
そうして、私たちは様々な思い出を作りながら、4年後にこのナギサシティを旅立つ事になる。
それぞれの未来を思い馳せながら。
未来へのエール!
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