お礼小話②

ありがとうございました!
以下、お礼小話です。

※女ルカと男鹿の卒業間際のお話。
男鹿視点。

***


『Honey』





言葉はいらなかったのかもしれない。

僕が彼女を好きだと自覚するのに、時間は残酷なくらいの邪魔をした。
何かに気付くのに、人はその一瞬を求めるが故に、
途方もない無自覚の中にいる。

再会して、僕が心を近づけたときには、
ルカは恐ろしく臆病だったけれど、
僕にだけ与えてくれると自惚れたいくらいの無邪気さを持っていた。
高校時代なんていう青春の真っ只中で、
僕は彼女の危うい笑顔に惹かれ、
守りたくなるくらいの温かさに触れ、
こうして今日も、彼女のぬくもりの中で時間を過ごす。


「バンビの髪、サラサラだね」


ルカは、ただ優しく頭をなでてくれる。
彼女の部屋のベッドの上で膝枕されて
こんな風にうとうとする僕は、なんだか甘えん坊の幼児みたいだ。
高校生活最後の文化祭ではローズキングなどというものに選ばれ、
色々な人が僕を「努力家」と褒めてくれたけれど、
それはどう見ても好奇心から来るようなものばかりで、
僕は何だか、もっともっと頑張らなくてはいけないみたいな気がしてる。
頑張らなくなったら、
誰もそばにいてくれないのだろうか、なんて、
甘えきった考えを浮かべてしまったりもして。

冬の匂いがして、この間は雪の欠片が落ちてきた。
近頃の朝はマフラーが欠かせない。
手袋をたまに忘れるけど、君と色違いのマフラーは、いつも忘れないよ。
新しい年が明けて間もない、卒業が見えていた、そんな冬のひと時。


「……最近、バンビ、疲れてる?」
「え、そっかな?」
「うん、ここ、しわ出来てるよ?
眉間のしわ、難しいことばっか考えてるからでしょ?」


ぐりぐり、と人差指で皺をなくすようにしてくれる。
苦笑すると、ルカは楽しそうに笑った。
人の痛みや苦しみや、些細な疲れにさえ、彼女はとても敏感だ。

ルカは人一倍寂しがり屋のくせに、人一倍強がりでお人好し。
それは、いっぱいいっぱい傷ついてきたからだ。
あまりにもたくさんのことと戦いすぎて。

ルカのそんな哀しい瞳の訳を知ったのは、クリスマスの夜だった。
小さな小さな手を握りながら、冷たい風に包まれて聞いた。
ルカが抱えてきたことと、これから向き合っていくことと、
いつか迎えるであろう、かなしい想い出の結末と。
つらいなんて嘆くことのない瞳は、ステンドグラスに輝くお姫様よりも綺麗だった。
月の眩しい夜。僕に出来ることなんてなかったけど、出来る限り、精いっぱい抱きしめた。

抱き返してくれたルカの感触が、今でも僕の体に残ってる。


「悩んでばっかじゃダメだよ?バンビ」
「うん、ありがとう」
「なんかあったら、私が守ってあげる。頼れるヒロインだからね」


きらきらした金色の髪。さりげなく光る左耳のピアス。ルカのポリシー。
コウとお揃いのそれは、二人で頑張って生きてきた絆の証。


「バンビの傍にいたいだけ、っていうのもあるけど」


二人、微笑んだ。
雪の白さみたいな肌。
僕を撫でてくれる手の速度は、子供の頃母さんに撫でてもらったのと同じくらい的確。

僕たちの間に、愛してるとか好きとか、
何だか在り来たりな言葉はいらなくて。
途方もない無自覚の時間を過ごしたが故に、余計な装飾を求めないのかもしれなかった。
僕らが寄り添うということは、
傷の舐め合いでも、寂しさの埋め合わせでもなくて、
寒くなったら温まるのと同じくらい必然性を持っていた。
決して、偶発的なものではないんだ。
桜井琉夏という一人の女の子と僕という一人の男が、
それぞれに必要性を持っていて、
それは自分に対しての付加価値のためや、相手への条件愛なんかではないということ。

大人になる前の最後の純粋さを以てして、彼女を想えた。
想い合えた。という、運命の恋。

それがルカと僕の初恋。


「春になったら、お弁当持ってお花見行こうね」
「うん、行こう。……ねぇルカ、僕がお弁当作ろうか?」
「え、いいの?」
「いいよ。ルカが好きなおにぎり、握るよ」
「やった、嬉しい!
…あ、私が作るって言ったら、ホットケーキになりそうだからでしょ」
「…ばれたか、当たり」


――僕がこの子を幸せに出来たら。
こんなにも人を求めたことのない僕は、
ぼんやりとしてまだ明確な答えを出せていないけど、
ルカの傍にいない未来は見えなかった、ということは事実。
人を想うほどに露呈されていく情けない自分を見ながら、
自分は彼女のためなら存在する価値があるかもしれないと思える。

ルカに触れられることでそう思えることが、今の僕にはとても有り難い。
いつか本当に君のヒーローになれるときまで、
君のその悲しげな瞳を見守らせて欲しいと願う。
力ない僕でも、傍にいる意味があるんだと。
現実と希望の狭間に置かれているように、
僕らの望む未来なんて、脆いものだろうけど。
それでも春を待ち焦がれる。可哀そうかもしれない僕ら。
だけど「知らない」という強さを持ってる。

あの日見たルカの涙が僕の心で流れる度に、
何もかもが僕らを包んでくれる気がした。






2011.0507

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