うさぎのかくれんぼ

「!…っ…むーちろ…?」
「…ごめん、襧豆子」
驚く彼女を腕に閉じ込めて、力を抑えて抱きしめる。彼女の匂いが近づいて、二つの心臓が重なる。そして僕も驚いた。あろうことか、襧豆子が自分の背中に腕を回してきたからだ。

「…襧豆子…?」
「むーちろー…あの、ね…」
僕を抱きしめる彼女の指に、緊張の圧がかかる。襧豆子の顔を見ようとすると、ますます彼女は腕の中で俯くだけだ。

「つきが…」
「月?」

「つきが…きれ、い………だね」
襧豆子の体が小刻みに震えだす。一体誰に聞いたのやら。深い意味など知らないと決めつけていた。彼女が同じ言葉を口にした理由を、誰が知っているだろうか。

「襧豆子」
彼女を包んだ両腕を下ろし、その頬に今度は自分がふれる。手のひらから伝わる彼女の体温が、やけに熱い。上を向かせた襧豆子の真っ赤な頬は、月光に溶けてぼやける。グッと喉仏が上下に動くと、彼女の瞳が水気を帯び始めて、胸が震えた。

本心を口に出せぬということ、それがどれだけ身を焦がすほどの痛みなのか。隔たりなくそれを吐露することができれば、どれだけ多幸感に身を包めるか。

「僕…」
瞳の中に浮かぶ満月に、やはりうさぎの姿はなかった。


「今日の月を忘れない───」

煌々と降っていた月灯りが薄まって、ふたつの暗い影が闇に近づく。夜雲が月から僕たちを隠した刹那。

引き寄せられるように、唇と唇が重なる。

どうか君も忘れないで。
二人で見た今宵の月を。
二人の涙の味を。

最初で最後の口づけを。


──切ない静寂が二人を包んで、いつの間にか虫の鳴き声が遠く離れていた。

満月が再び夜を照らす。
月光から身を隠すように、もうそこに二人の姿はなかった。
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