うさぎのかくれんぼ

「襧豆子、君は…」
短く息を吐いて、彼女のきれいな瞳をのぞく。月光を浴びた瞳の中に、満月を見た気がした。うさぎの姿は、やはりわからない。

「…?むーちろー?」
「君は、無事に人間に戻ってね」
なるべく穏やかに、世間話をするように絞りだす。そうしないと、途端に自分が弱くなる気がした。

「それで、炭治郎と帰るんだよ。自分の家に」

鬼舞辻無惨を討伐できたとき、人間に戻った彼女は再び太陽の下を生きるだろう。その瞬間に自分が立ち会えることは、おそらくないのだろう。ならば今、月灯りの下にいるこの子を目に焼き付けたかった。

「むーちろ、も…」
「………え?」

「むーちろーも、いっしょ」
初めて喋る子どものように、襧豆子が口を動かす。口調に似つかわしくない牙が、唇の隙間から見えた。

「むーちろーも、いっしょ、だよ」
「………襧豆子、僕は」

「いっしょに…かえろうね」
すっと伸ばされた手が、僕の頬を包んだ。奮い立たせた心を、ほどきたくなる温もり。ゆるゆると溶かして、襧豆子の言葉がやわらかく胸に浸透していく。

彼女の輝かしい未来の中に、自分が入っていいのだろうか。僕の姿に亡き家族を重ねて言っているのだとしても、‪それでいいじゃないか。それで満足じゃないか。

迷いなんて、未練なんて作るな──。
確固とした意志とは裏腹に、もはや無意識のうちに、彼女の体を引き寄せていた。
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