霞柱の色恋事情

「ふーーーん………本気、ね」
 低く抑揚のない声で応えたのは、無一郎くんだった。声量は小さいのに大きく響いた気がするのは、一瞬で隊士たちが口を閉ざしたからだった。
 皆の顔が戦慄に固まる直前、「ばかっ」と誰かの囁く声を聞いた気がする。
「じゃあ出してもらおうか」
 やや挑発的な口調で言った後、霞柱は大きく木刀を薙ぎ払った。空を斬ったその衝動で、建物が揺れた気配を身体に受ける。
「襧豆子。情けない姿見せないように、僕も頑張るから」
 背中越しに声がかかるまま、彼の声と自分の心音に耳を澄ました。
「ちゃんと見ててね」
 端正な横顔に、私より浮き出た喉仏は男の子の証。甘い釘を刺す彼は、同い年にも長上の男性にも見えた。"視界に映すのは自分だけ"そう私へ真っ直ぐ訴えてくる瞳に、もう頬に集まる熱を隠す余裕がない。
「…うん。頑張ってね」
 "むいちろうくん"
 まだ呼び慣れない名前を、皆の前で呼ぶのは気恥ずかしかった。小さくなってしまった名を受けて、彼が満足気に頷く。
「よしっ!じゃあまずは素振り千本から!」
 無一郎くんの爽やかな笑顔と反対に、隊士たちの顔色は青ざめていた。柱稽古の恐ろしさを伝える隊士たちの反応に、少しだけたじろぐ。
「午後の稽古も厳しくなりそうですねぇ…」
 隣で腕組みをした鉄穴森さんが、首を傾けながらつぶやいた。稽古場に木刀の激しく打ち合う音が増していく。
 汗だくの隊士が目立ち始めると、手ぬぐいを配るために鉄穴森さんが動いた。手伝おうとした自分には、なぜか一人分の手ぬぐいしか渡されない。
 たったひとり汗などかいていないその人に向かっていくと、また満足気に彼は微笑んだ──。
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