霞柱の色恋事情

「僕たち同い年だよ」
「…うん、そうだけど」
「僕のことは名前で呼んでくれないの?」
「!?は、恥ずかしいもん…」
 ふいっとそっぽを向いた。
 髪の隙間から見える彼女の頬は、太陽を受け入れ、肌の色味が濃い。本当に人間に戻れたんだ。ほっと息を吐いたのもつかの間、やはりおもしろくはない。
 顔を背ける彼女の隣で、僕も顔を背けた。そのまま黙っていると、左肩の後ろで心配そうな声がかかる。
 彼女が視線を僕に戻したのがわかった。
「………怒ったの?」
「べつに」
 こちらの心情を窺うような声音に、結ばれた口許が弧を描いていく。それはまだ彼女に見せない。
「でも、僕に対しては何かよそよそしいよね。襧豆子も炭治郎も」
「そんなことないよ」
「なんかさみしいな。壁作られてるみたい」
「…っ、そんなことないよ!」
 わかりやすく彼女の声に力がこもる。
 布の擦れる音がすると、小さく柔らかい手が自身の左手に被さる。小さいといっても、もう身体を小さくしていた鬼の襧豆子のものではない。
 熱くなりやすい彼女が、身を乗り出した際にふれた手。急いで離れようとする気配を察知すると、彼女の手に自分の手を重ねた。
「………じゃあ、稽古見ていってくれる?」
 振り向いて距離の詰まった彼女の顔をのぞきこむと、太陽以外の熱を受けた白い頬が、ほんのりと桃色に染まっていた。僕の笑みを確認するなり、彼女の表情が綻ぶ。
 そして小さく頷いた。頷いた拍子に長い髪が揺れて、記憶に呼ばれるように手を伸ばしていた。
「?…えっ…!」
 襧豆子の華奢な肩が驚きに跳ねる。
 鬼の頃何度もそうしたように、彼女の頭を撫でたくなったのだ。撫でられるのが大好きだった彼女は、今はどうだろうか。すでに懐かしくなった感触を手のひらに感じて、抵抗しない襧豆子がつぶやく。
「………むい、ちろう、くん。恥ずかしいよ…」
 稽古中の隊士たちがいてよかった。口づけを抑えることができたのは、野次馬根性を隠さぬ彼らの目があったからだ。襧豆子の可愛い表情は決して見せぬように、それだけは頭を撫でながらでも忘れない。
 開け放たれた母屋。前面に並ぶ隊士たちは、後方からも僕たちが見えるよう、わざわざご丁寧に屈んでいる。
 見守るような、面白がるような顔が並ぶ中、いつの間にか前面の中央を陣取っていた鉄穴森さんだけは、面で表情がわからなかった。
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