うさぎのかくれんぼ
「むーちろー…!」
入室の許可を得た襧豆子が、今まで我慢していた足を動かした。捨てられた子犬のような眼差しを向け、僕の顔をのぞきこんでくる。
「襧豆子。まだ起きてたの」
「うん…むーちろー…け、けがしたの?」
「大丈夫だよ。大したことない」
僕たちのやり取りを微笑ましく見守る胡蝶さんが、ふふっと笑い声をもらす。薬の片付けをするついでだとばかりに、自分の机に戻りながら言った。
「時透くん、鎹鴉を君の屋敷まで飛ばしましょう。今夜はうちでゆっくりして、朝方に帰るといいですよ。君の脚なら、稽古にも間に合います」いつものように物腰柔らかな口ぶりなのに、拒否は認めない意思が見えた。むしろそれは、頼み事に近い感じすらある。
断ろうと口を開きかける僕の隊服を、襧豆子がつまんで引っ張った。彼女の無垢な瞳で見つめられては、帰るとは言いづらい。けれど、自分の屋敷には鉄穴森さんや隊士たちがいる。鎹鴉への伝達や、僕の部屋の用意をと、胡蝶さんはアオイさんを呼び始めた。
「あのっ…胡蝶さん。稽古中ですし、僕は帰ります」
「時透くん」
まるで子どもをあやすような声を出し、胡蝶さんが僕と…隣にいる襧豆子を交互に見た。
「…今夜だけは、ここでゆっくり過ごされていってはどうですか。柱稽古はこれから更に忙しくなりますし、君がここに来ることは今後ないかもしれません。隊士全体が稽古を終える頃か、もしくは…」
蟲柱は目を伏せ、口を噤んだ。続きを話してよいものか。それを躊躇わせるのは、きっと襧豆子を気遣ってのものだと悟る。太陽を克服し、たどたどしくも彼女は言葉を喋れるようになった。どこまで人の会話や単語を理解できているのか、それはわからない。襧豆子が首を傾げた。
「…いつなんどき、事態が一変するかわからない。けれど、近づいてるのは確かですね」
核心をつく言葉は避け、会話の続きを紡ぐ。
その瞬間は、刻一刻と鬼殺隊に迫っていた。
そう。だからこそ──。
「そのとおりです」
胡蝶さんが深く頷き返した。
入室の許可を得た襧豆子が、今まで我慢していた足を動かした。捨てられた子犬のような眼差しを向け、僕の顔をのぞきこんでくる。
「襧豆子。まだ起きてたの」
「うん…むーちろー…け、けがしたの?」
「大丈夫だよ。大したことない」
僕たちのやり取りを微笑ましく見守る胡蝶さんが、ふふっと笑い声をもらす。薬の片付けをするついでだとばかりに、自分の机に戻りながら言った。
「時透くん、鎹鴉を君の屋敷まで飛ばしましょう。今夜はうちでゆっくりして、朝方に帰るといいですよ。君の脚なら、稽古にも間に合います」いつものように物腰柔らかな口ぶりなのに、拒否は認めない意思が見えた。むしろそれは、頼み事に近い感じすらある。
断ろうと口を開きかける僕の隊服を、襧豆子がつまんで引っ張った。彼女の無垢な瞳で見つめられては、帰るとは言いづらい。けれど、自分の屋敷には鉄穴森さんや隊士たちがいる。鎹鴉への伝達や、僕の部屋の用意をと、胡蝶さんはアオイさんを呼び始めた。
「あのっ…胡蝶さん。稽古中ですし、僕は帰ります」
「時透くん」
まるで子どもをあやすような声を出し、胡蝶さんが僕と…隣にいる襧豆子を交互に見た。
「…今夜だけは、ここでゆっくり過ごされていってはどうですか。柱稽古はこれから更に忙しくなりますし、君がここに来ることは今後ないかもしれません。隊士全体が稽古を終える頃か、もしくは…」
蟲柱は目を伏せ、口を噤んだ。続きを話してよいものか。それを躊躇わせるのは、きっと襧豆子を気遣ってのものだと悟る。太陽を克服し、たどたどしくも彼女は言葉を喋れるようになった。どこまで人の会話や単語を理解できているのか、それはわからない。襧豆子が首を傾げた。
「…いつなんどき、事態が一変するかわからない。けれど、近づいてるのは確かですね」
核心をつく言葉は避け、会話の続きを紡ぐ。
その瞬間は、刻一刻と鬼殺隊に迫っていた。
そう。だからこそ──。
「そのとおりです」
胡蝶さんが深く頷き返した。