霞柱の色恋事情

 *鉄穴森side*
「鉄穴森さん。あれ、誰ですか?」
 おむすびを頬張りながら、一人の隊士が言った。まさに自分も訊きたかったのだと、無言で食事をしていた隊士たちが次々にこちらへ視線を向ける。
 "あれ"を見ていた隊士は、そちらから視線を戻し、向かい合う私の面を見つめてきた。
「誰って…時透殿じゃないですか」
 きっとそういう意味で問われたわけではないが、そう答えるしかなかった。
 母屋に集い、昼餉を囲っていた隊士たちが唖然とするのも無理はない。時透殿の印象といえば、稽古中のあの冷ややかな眼差しが、彼らには強いのかもしれない。いま襧豆子さんを前にした時透殿は、霞柱という肩書きを脱いだ、ただの十四歳の少年になっている。
 怪訝な表情を保つ隊士たちに、苦笑で応じた。
 霞柱邸に駐在して、大方一ヶ月が経った。鬼殺隊で今しがた行われているのは、柱たちによる柱稽古。一般隊士たちの顔ぶれは、入れ替わり立ち代りに日々動いていた。稽古の進度は隊士によって幾分異なり、ここの稽古場へ長く居座っている者もいれば、ものの数日で次の柱の元へ向かう者もいた。
 この屋敷に駐在するようになると、今まで関わりのなかった一般隊士の顔も覚えてくる。
 刀鍛冶である自分が、こうして隊士たちと長く顔を突き合わせることは、普段ならば有り得ぬことである。自分が担当している日輪刀の持ち主。霞柱直々に頼み込まれては、断わる理由もそれを厭う理由もなかった。
 清涼な空気を求め、母屋の障子は全開に開いていた。廊下と庭を挟んだ向かいの縁側には、同い年の少年少女が仲睦まじい姿を見せている。彼女の話に笑顔で相槌を打つ時透殿が、自分の席からでも確認できた。
 ここに訪ねてきた襧豆子さんを引き止め、彼に会わせてよかった。それを彼の表情が物語る。
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