霞柱の色恋事情

「俺らの前とじゃあ全っ然、態度が違うんですけど…」
「な、俺も驚いた。別人みたいだ」
「柱ってあんな顔するんだな。すげぇ笑顔」
 同調するように、他の隊士たちも率直な感想を述べていく。彼が稽古中にささやかな笑みでも見せていれば、こうも落差に驚愕されることはなかっただろう。
「まあ、時透殿はあなた方を指導する立場ですからね。責任の重さや柱としての威厳もあるでしょう。休憩中ぐらいは、肩の荷だって下ろしますとも」
 茶を一口啜る。
 面をつけたまま、器用に茶を飲む私へ視線が注がれるのがわかった。
「………あの、柱と一緒にいるのって、竈門の妹だよな?いつも竈門が背負ってた箱の中にいた子」
 そう声を発したのは、午前の稽古の最後に、時透殿へ押しやられた隊士だった。
「おや。襧豆子さんをご存知で?」
「あ、はい…竈門と任務が一緒になったとき、鬼になった妹がいると話してくれたことがあって」
「あ、俺も。藤の家で竈門と居合わせたとき、妹のこと教えてくれた」
「俺も俺も。竈門と共同任務のとき、あの子も一緒に闘ってくれたことあるよ」
 竈門くんの人脈の広さと共に、妹である襧豆子さんの存在も広く知られているようだ。そして、鬼から人間に戻れたという事実も。
 背中を丸めながら、一人の隊士が息を吐く。首をゆっくりと動かし、躊躇いがちに彼らを見つめた。「にしても…」と一拍置いた後、事前に示し合わせていたように、隊士たちが同時につぶやく。
「「可愛いよな…」」
 いつの間にか皆の熱い視線は、時透殿──ではなく、隣にいる彼女へ注がれている。見惚れるほどの容姿を襧豆子さんは持っていた。竹筒が外れた彼女を見たとき、妻に一目惚れしたときの瞬間を彷彿させ、ひどく懐かしさを感じたものだった。
「町でも評判の美人だってさ。竈門がよく自慢してたのわかるよ」
「いいよなー妹。俺一人っ子だし、あんな可愛い妹、俺もほしかった」
「…妹っていうより、俺としては…」
「ばか、何言おうとしてんだよ」
 鬼殺隊として日々奮闘している彼らも、年頃の若者。ちょうど結婚適齢期の隊士もいるし、自分より一回り歳下の隊士だっている。それは時透殿や竈門くんたちも当てはまっていた。こんなに幼い彼らが、おぞましい鬼を前に立ち向かっていると思うと、たまらなくやるせない気持ちが湧き上がる。
 だからこそ、隊士たちの年相応な色恋の話は、耳に微笑ましく響いた。
「いいなー柱。俺もあの子と話してみたい…」
 誰かが恨めしそうにそう口にした途端、なぜだかまずい予感がした。年長者の勘である。隊士複数名の悲鳴を聞いたところで、やれやれと再び湯呑みに口をつけた。
 これはこれは…。
 熱い茶がゆっくり喉を通って、顔を正面へ戻す。霞柱邸の広い庭。奥の縁側には幼さが残る十四歳の男女。彼もまた、想い人へ視線を戻していた。
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