同級生二人の短いクリスマス

*襧豆子side*

持ってきた手鏡で、こっそり口元を確認した。食べ物の汚れなんて付いていないか、ましてや歯に挟まったりなんてしていないだろうか。変なことを思い出したせいで、メニュー表も乱暴に渡してしまうし、もう恥ずかしいところは見せたくない。梅ちゃんがあんなこと言うからだ。

………意識しすぎ。

軽く自分の頬を叩いて奮起させる。

手洗いを終え、急いで席に戻ろうとするも彼の姿が見当たらない。食事をしていたカウンター席では、すでに店員さんが片付けを始めていた。入り口の方が騒がしくて目を向けると、女性二人組に囲まれている無一郎くんがいる。

…無一郎くんのファンの人かな。
将棋の対局でテレビに出演して以来、知らない人からよく声をかけられるようになった。以前にそんなことを話していたから、きっとその類だろう。はしゃいでいる女性たちは、店内の注目の的になっている。無一郎くんは……多分、あれは愛想笑いだ。声をかけようと近づいて行くと、すぐに会話の内容が耳に入ってくる。

「でも本当びっくり!まさか有一郎くんに会えるなんて思わなかった!もしかして、弟くんも一緒に来てたりする?」

「あ、そうだ。写真とか撮らせてもらえるかな?有一郎くんのファンの子、友達にもいるの」

無一郎くんの愛想笑いが、一瞬崩れたように見えた。遠慮がちな足取りが駆け足に変わると、ブーツの足音が大きくなっていく。それでも彼の腕にしがみつく勇気は持ってなくて、勢いとは裏腹に、彼の纏うジャケットをぎこちなくつまんだ。

「…っ…無一郎くん!!お待たせ!」
見開いた彼の瞳と交わる。勘違いに気づいた女性たちが慌てふためきだして、少々の罪悪感が生まれた。思いのほか大きな声がでてしまって恥ずかしくなる。声をかけたはいいものの、ジャケットをつまむ指が動かない。そのまま肩を引き寄せられると、彼が笑顔で言い放った。

「すみません。彼女と来てるので、これで。…行こっか」

やわらかい笑みを向けられると、骨ばった指先が私の手にふれた。

手を引かれながらお店を出ると、ぽつりと冷たい粒が落ちてくる。外では雪が降り始めていた。
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