中等部男子の長い昼休み

「───なるほどな。イブに襧豆子と出かけるから、それの下準備ってわけか」

「………うん。失敗したくないし。この雑誌、おすすめのお店もいくつか載ってるからさ。襧豆子と一緒にお店決めるのに、参考にもなるから」

無一郎の隣に腰かけ、いまだに代わり映えのしない空を見つめる。空一面を覆う薄墨色の雲が、列を乱しながらゆっくりと流れていった。雑誌をパラパラとめくる音が隣から聞こえる。

「にしてもイブって…えらく気が早いな。まだ十一月に入ったばかりなのに」

「はやく誘わないと、いつ襧豆子にイブの予定が入るか分かんないじゃん」

「ふーん。先手を打ったってわけか」
ちらりと横目で無一郎を見ると、また頬が赤くなっている。コイツなりに痺れを切らして…といったところか。

つい先日、別のクラスの男子がわざわざ俺たちを尋ねてきたことがあった。内容はいたってシンプルで、襧豆子と付き合っているのか。ただそれだけだった。襧豆子はモテるから、こういう質問をされるのだって別に初めてじゃない。正直に答える俺の隣で、無一郎も不服そうに正直に答えた。自分と付き合っている。そう言えたらどれだけいいか。複雑な心境をずっと抱えていたのかもしれない。

「………え。もしかして、コクる気なのか?」
空から無一郎へ視線を移す。前のめりに問いつめると、図星をつかれたように無一郎の肩が跳ね上がった。

「………………そうだよ。だから失敗したくないんだって」眉を吊り上げて強がるようにそう話す弟だが、頬の赤みが恥じらいを隠せていなかった。どうやら本気で襧豆子との関係を変えようとしているらしい。二人の間を再び風が通りすぎて、頬の火照りを冷やしてくれる。無一郎につられ、自身の頬も熱を帯びていたことにその時気づいた。

「…OKもらえそうなのか?そもそも襧豆子って好きな奴とかいたっけ?」

「…OKもらえるかはわからないけど。好きな人は…僕の知るかぎりでは、それらしい人はいないと思う。兄さんは知ってる?」

「いや、俺も聞いたことはないな」
それらしい人とやらに、まったく心当たりがないわけじゃない。強いて言うなら、お前じゃないのか。そう言いかけてやめた。確信があるわけでもないのに変に期待を持たせるのは、いくら弟といえど申し訳なく感じた。
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