あの日のヒーロー

目が合う。
ゆっくりと花が咲き開くように女の子が笑顔に変わった。雨で薄暗い景色の中、そこだけ明るく色付いていく。

「みつけたー!」
そう言いながら、こちらに向かって駆け寄ってきた。一瞬、誰かと間違えてるんじゃないかと思ったが、女の子は間違いなく俺と無一郎の方に向かってきている。

「うちのパン買ってくれてたよね。いきなり雨が降ってきてびっくりしたよね!お母さんに傘を持っていってあげてって頼まれて、探してたの!大丈夫………じゃ、なさそうだね」

かっぱのフードを脱ぎながら、何の抵抗もなく屋根の下へ入ってくる。女の子の手には、確かに傘が二本握られていた。驚いている俺たちを気にする様子なく、あっけらかんと話しだす女の子は、泥だらけの無一郎に目を向けた。無一郎は恥ずかしそうにうつむいている。

「待ってて」
かっぱの下で、隠れるように腰に巻かれていたウエストポーチを探りだした。俺たちが付けているポーチと、同じデザインで色違いだった。俺のが黒で、無一郎が白、この子のはりぼんと同じピンク色。

ぼんやり眺めていると、女の子は無一郎の顔についている泥をハンカチで優しく拭きだした。泥を少しでも取り除こうと、服まではたき始める。同い年ぐらい…だよな。どこか年上のお姉さんのような雰囲気がある。顔を赤くした無一郎は、恥ずかしさからか、されるがままになっている。

「小さいけど使って」
俺にも新しいハンカチを手渡してくれた。自分のハンカチは、もう水を含みすぎてあまり役に立たなかった。

「ありがとう」
「…ありがとう」
俺に続いて、弟もお礼を言った。
8/15ページ
スキ