魔女の秘密

*有一郎side*

「ちょっとまて」
案の定、無一郎は真っ先に襧豆子の元へ向かおうとしていた。無一郎にしか届かない声量まで落とすと、途端に眉をしかめる同じ顔。

襧豆子の存在ひとつで、すでにゲームを忘れている顔だった。

「今のお前は俺だろ。俺が………一目散に襧豆子に向かっていったら、不自然だろうが」
「………そういえば兄さんってそうだったね」

"素直じゃないから"
小声で無一郎が言うと、折り曲げた指を口元に当てて、考える素振りを見せる。襧豆子や真菰に続き、他の生徒たちもわらわらと教室へ入ってくる。賑わい始めた空間で、俺と無一郎だけが潜めるように会話を続けた。

「………じゃあ、ものすっごく不本意だけど、兄さんが先に襧豆子に声かけてよ。その方が自然体に見えるでしょ」

「…有一郎として、お前が先に襧豆子に話しかけてもいいけど?」

「それはそれでやだ。僕が先でありたい」
「なんの競い合いだよ。話しかける順番くらい」

「僕は兄さんと違って素直だから」
今無一郎の仮面をつけているのは俺だ。不本意ながらもゲームを続行することに決めた弟が、俺の背中を押す。ちゃんと僕の真似してね、と釘をさして。

………襧豆子の前での無一郎。
それを頭の中に思い描き、自身に乗り移らせる。とりあえず、これでもかというほどに目尻を下げて彼女へ近づいた。

「襧豆子ぉ〜!遅かったね!待ってたよ!」
演技に納得いかぬ顔で俺を睨む無一郎の視線を、背中で受けとめた。

…襧豆子の前だと、いつもこんな感じだろうが。

腰までの短いローブを纏い、魔女の仮装をした彼女が手を振り返してくれる。襧豆子にはやく会いたかったのは、なにも無一郎だけじゃないんだ。
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