魔女の秘密

───他校の生徒にまで名を知られているのは、たぶん俺たちが所属している将棋部の影響なのだろう。テレビカメラの前で対局をした経験があるため、その放送をたまたま観ていたのか。あるいは、自分の通う学校の将棋部関係の生徒かもしれない。

電車を待ってる間、後ろから弟の名を呼ばれたので、つい振り返ってしまったのだ。

自分が無一郎でなく有一郎の方だということに、その子は気づいていなかった。こういったことは珍しくない。俺たちが双子だということを知らない可能性だってある。こんな状況に直面したときは、お互いがお互いになりきって断っておくこと。それが俺たちの決まり事だった。

『前に、変質者へ立ち向かっていく姿を見たんです。すっごく感動しました。なんて勇気のある人なんだろうって…』

美しい思い出を振り返るような、陶酔した表情で、見知らぬ女子生徒はそう言った。現場にいたにも関わらず、固まって動けずにいた、そんな情けない奴の前で。さぞかし青春に聞こえる愛の告白は、双子の差を一層浮き彫りにして、己の欠点をじわじわと晒されてるようだった。

俺を無一郎だと思い込んだまま、相手はいつも弟を好きになった理由を語る。少しでも自分への不信感をなくそうと、きっかけだったり無一郎への褒め言葉だったり、その口ぶりには必死さも見えた。面識が一切ない相手は、特にそうだった。言い方を間違えれば、気味悪く思われてしまうかもしれない。そうではないと主張するために、言葉を選んでいるのだって伝わる。

それでもこの違和感は拭えない。

好意を寄せていると口では言いつつ、俺と無一郎の区別もつかないというのは、あまりにも矛盾がすぎるんじゃないのか。弟になりきっているときは、いつもその言葉が喉までせり上っていた。

初対面の人間にそれを求めるのは間違えているんだろう。同じ学校の奴らだって、俺たちの区別がつかない人間は大勢いるのだから。

ただ、俺が勝手に無性に気持ちが悪くなるだけだ。

今日の放課後を振り返ると、また胸がぐつぐつと苛立ちで熱くなる。自室のベッドに横になりながら、また天井に向かって舌打ちをした。
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