あの日のヒーロー

屋根の下に行き、とりあえずこれ以上濡れることはなくなった。といっても服も髪もびしゃびしゃで、ハンカチ一枚じゃあ追いつけないほどになっていたが。濡れた服を絞ると、水がちょろちょろと流れ出てくる。

「…濡れたらいけないと思って…」

「わかったって」

「ぺしゃんこになっちゃった…」
隣に立つ無一郎が悲しそうにつぶやく。
守ったはずのパンを自身でぺしゃんこにした事実が、よほどショックだったらしい。泥水で汚れた格好が、また哀愁を引き立てる。

「やっちまったもんは仕方ないだろ。それに味は変わんないよ」

「………………」
励ましたつもりだけど、全然響いている様子はない。無一郎の立場に自分を置き換えてみると、確かに泣きそうになるなと思う。

雨雲に覆われた夏空を見上げる。
まだ止む気配はない。パンもショックだけど、このままじゃ無一郎まで風邪を引いてしまいそうだ。

さてどうするか…。


考えていると、さっき自分たちが走ってきた道の方から足音が近づいてきた。バシャバシャと水しぶきが上がる音も、先ほどの自分たちと全く同じだった。

何気なく足音の方へ視線を向ける。ぼやけた景色から徐々にシルエットが浮き出てきた。

俺や無一郎と同じくらいの背丈。
丸いおでこにピンクのりぼん。黄色のかっぱに身を包ませ、チェック柄の長靴を履いた女の子が、雨なんてものともしない様子で、豪快に水しぶきを上げながら走ってきた。

思わず目を奪われる。

通りすぎるかと思いきや、女の子が立ち止まった。
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