あの日のヒーロー

ぽつり。
水滴がひとしずく、頬に落ちてきたかと思えば、すぐに大量の雨粒が落ちてくる。あっという間に悲鳴のような雨音が響きだした。いくつもの水溜まりが地面に出来上がっていく。

「さいあくだ…!」
恨めしく空を睨みつける暇すらなく、ただひたすら走った。バシャバシャと水しぶきが足にかかって、靴の中に水が入ってきて気持ちが悪い。

「無一郎!屋根があるとこまで走るぞ!」

「うん!」
雨の音がうるさくて自然と大声になった。
目を凝らしながら必死に屋根がある場所を探す。少し先に、シャッターの閉まったお店が見える。

屋根だ!

「無一郎!あそこまで行こう!」
後ろを振り向かずに叫んだ。
すると、悲鳴と共に一際大きな水音が後ろから聞こえた。…嫌な予感しかしない。

ひきつる顔を隠さずに振り向く。まるで漫画のワンシーンのように、顔ごと水溜まりへ突っ込んでいる同じ顔がいた。

「お、おい!大丈夫か!?」
転んだ際に脱げた麦わら帽子を拾い、駆け寄って起こし上げる。まるで何かのアートのように、泥水で服が真っ茶色になった半泣きの弟がいた。

「転んだぐらいで泣くな。とりあえずあそこの屋根まで行くぞ」

「………兄さん………」
雨音にかき消されそうな小さな声だったけど、自身の耳には届いた。半泣きになっているのは転んだからだと思っていたけど、そうじゃなかった。

無一郎が自身の服の下から、おもむろに何かを取り出す。それは竈門ベーカリーと名前の入った袋だった。
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