境界線[上]

「…っ、そういう意味じゃないからな!」
桃色の瞳から、涙が一粒だけ弾けた。

「………え?」

「襧豆子。僕たちが一緒にいた理由って…友達一択しかないの?」後ろから無一郎が囁くと、襧豆子の肩がぴくりと跳ね上がった。

今の状況に追いつけず、ただ戸惑うことしかできない襧豆子は、俺と無一郎どちらに顔を向ければいいのかすら迷ってる様子だった。


「…幼なじみ…だから?」



一番好きな女の子は、一番聞きたくない言葉を何度も口にする。ただ純粋に、疑いもなく。ただ真実を口にする。


───もう、うんざりだ。

細い、細い、今にもちぎれそうな紐の上を、ずっと歩いていた気がする。落ちてはいけないとずっと思っていたのに、心の奥底は違っていた。

もっとはやくに、堕ちてしまいたかったと。

襧豆子の頬にふれると、桃色の瞳が大きく見開かれた。吸いこまれるように近づき、そのままま唇に食らいついた。

「!!!…ん…、ッ…ンっ…ゃ…」
無一郎に抱きしめられてるから、襧豆子は動くことができなかった。角度を変えて唇の感触を確かめる。やわらかい唇からかすかに漏れる声は、今まで聞いたことのないものだった。

「…兄さん」
不機嫌な声が弟から発せられると、仕方なく唇を離す。すぐに無一郎が襧豆子の顎を持ち上げた。

「…ファーストキス…」
拗ねるような声音でそう言うと、彼女の顔を向かせたままに唇を落とす。声を上げる間も、驚いている時間すらない襧豆子は、弱々しく抵抗する。しかし何も意味はなかった。

赤く染まった頬と潤んだ瞳。
乱れている呼吸を必死で整える。

幼なじみでも友達でもない、初めて見るその表情は、確かに女の顔をしていて───。

息を呑んだ。
息を呑む音は、俺からか、無一郎からか。
それとも───。



「…僕の部屋でもいい?」


頷いて肯定を示す。
唇に残る襧豆子の唾液を指で拭った。








「………な、に…?…まっ、て………ゃッ…!!」





───誰もいなくなったリビングで、扉の閉まる音が響き渡る。
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