境界線[上]

「友達じゃない」

無一郎のつぶやく声と、きゅっと蛇口を閉めた音が重なる。

ショーケースから無一郎へ視線を移した襧豆子が、呆気にとられた表情を浮かべる。何を言われたのかわからない様子で、求めるように無一郎を見ていた。それを察したであろう弟から、もう一度言葉が放たれる。

「僕たちは………友達じゃない」



時間が止まったように、リビングをうるさいほどの静寂が包んだ。襧豆子の視線が、ゆっくりと自身に移ってくる。俺にも答えを求めているように、縋るような瞳の色だった。きっと否定の言葉を求めていたに違いなかった。

けれど、それを言うことはできない。
無一郎と同じ気持ちの俺には。

水を止めるため蛇口を掴んでいた手に、力がこもる。背中しか見えない弟の表情は、今の俺と同じ顔をしてるかもしれない。

みるみるうちに眉が下がり、赤く染まっていく鼻。揺れていく桃色の瞳は、違う意味で胸を痛くさせる。



ごめんね。

その声を聞くや否や、襧豆子のそばに駆け寄っていた。

リビングの入り口に向かおうとする襧豆子の手を掴んだのと、無一郎が後ろから襧豆子を抱きしめたのは、ほぼ同時だった。胸の中に湧き起こってるこの感情を、きっと無一郎も感じていた。
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